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子犬はもう俺の手の届かないところにいる。颯馬が両手で抱えて、ニヤリと笑いながら友人たちの間に入った。小さな体が震え、俺は必死で手を伸ばした。


「返せ……お願い……!」


声が裏返る。砂利の上で膝をつき、汗で目が滲む。けれど颯馬は振り向きもせず、子犬を高く掲げてから、笑いながらゆっくり後ろに下がった。


「おまえに渡すと思うか?」


颯馬の声は冷たい。低く、余裕に満ちている。


「やめろ……本当にやめて……!」


俺の声に反応する気配はない。友人たちも輪になって周りを囲み、俺を見下ろす。誰も手は貸さない、いや、加勢するためにそっち側に立つのが当たり前になっている。


俺は我慢できず、手を伸ばす。ふと、腕が颯馬の肩に当たってしまった。


「ちっ、触んな!」


颯馬の顔が一瞬で紅くなる。怒りの熱で吐き出すように言った。


「ごめん……!」


慌てて謝るが、言葉は逆効果だ。


颯馬はゆっくりと俺の前に回り、腕を掴むと、無理やり四つん這いにさせる。砂利が膝や手のひらを削る。友人たちも順番に手を伸ばし、体を押さえつけたり、膝や肩に重みをかけたりして、逃げる余地を奪った。


「ほら、これが“守れない罰”だ」


颯馬は低く笑う。


「痛い……もう……やめて……」


涙と汗で視界が滲む。だが、子犬のことを考えると声に力が戻る。


「返して……お前ら、返してくれ……!」


一瞬の隙を狙って手を伸ばすと、友人の一人が俺の手首を掴んで地面に叩きつけた。痛みで声が出る。颯馬は冷ややかに舌打ちし、膝で俺の背中を押す。俺は土と砂利に顔を押し付けながら、必死に這い上がろうとする。


「そんなことしても無駄だ。子犬は俺たちのものだ」


颯馬の声が背後から響く。


「いやだ……返して……お願い……!」


友人たちも笑いながら足で軽く突き、体を押さえつける。動くたびに砂利が擦れ、膝が痛む。胸が張り裂けそうだが、子犬を守りたい気持ちが勝る。


「もう言うこと聞けよ、犬扱いされたいんだろ?」


颯馬が囁く。


「……違う……!」


必死で首を振ると、誰かが軽く掌底で顔を打ち、唇から血が滲む。砂利に額を押し付けられ、体を押さえつけられる。悔しさと恐怖で震えながらも、俺は心の中で叫ぶ。


「返して……返してくれ……」


その瞬間、颯馬の手が俺の肩に重くのしかかる。


「これが“躾”だ。守れないなら、もっと痛い目にあう」


友人たちは輪の中で笑い、俺の四肢を押さえつける。砂利に擦れる音、血のにおい、冷たい空気──全てが圧迫となり、逃げ場はない。


でも、子犬のことを思うと、声を震わせながらも反抗せざるを得ない。必死に這いながら、手を伸ばして叫ぶ。颯馬の目が笑う。友人たちもそれを面白がって加勢する。


「そうだ、その調子だ。どこまで耐えられるか、見せてもらおう」


砂利に擦れた膝と手のひら、汗と涙で濡れた顔を押さえつけられ、俺はそれでもまだ立ち上がろうとする。子犬を守るためなら、どれだけ痛めつけられても──。

無名の灯 番外編3

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