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「……やめろ、やめてくれ、返せ!」
声が枯れるほど叫んでも、颯馬たちはまるで聞いていない。子犬は颯馬の腕に抱かれ、友人たちの笑い声に包まれている。小さな体がきゅっと縮こまり、耳を伏せているのが見えた。
「うるさいな、おまえ」
颯馬が鼻で笑い、冷たい目で俺を見下ろした。
「その口、閉じろよ」
「返して……本当に返してくれ……」
膝立ちで必死に両手を伸ばす。けれど友人の一人が背中を蹴り、俺は倒れ込んだ。砂埃が肺に入り、咳き込みながらも這い寄ろうとする。
「しつけがなってないな、颯馬」
別の友人が楽しげに言った。
「倉庫にでも入れとけよ」
「そうだな。吠える犬は閉じ込めるもんだ」
颯馬はあっさりと言い、子犬を片腕に抱いたまま俺の襟をつかんだ。
「離せっ……!」
必死に振り払おうとするが、力が入らない。空腹と渇きで、腕は重く震えるだけだ。
「おまえ、犬のためにここまで必死か。笑えるな」
颯馬の口元が歪む。
その笑いが合図のように、友人たちが俺の腕を取り、無理やり引きずった。靴裏が地面に擦れ、肩に痛みが走る。
倉庫の錆びた扉がギィと開く。暗く湿った空気が流れ出てきた。
「ここでおとなしくしてろ」
颯馬が低く言い、俺の体を中へ押し込んだ。壁に背中を打ちつけ、鈍い痛みが走る。
「いやだ、出してくれ……! 子犬……あの子をどこへ連れていくんだ!」
暗闇の中から必死に叫ぶ。だが返事は笑い声だけだった。
「どこに行くかはおれたちの勝手だ。おまえはそこで吠えてろ」
颯馬の声が扉の外から響く。
「颯馬! お願いだ、あの子だけは……!」
扉がガチャンと閉まり、外側から鍵をかける音がした。暗闇が一気に濃くなる。湿った匂いと鉄の味が鼻をつく。
外では、颯馬たちの声が遠ざかっていく。
「行こうぜ、どこで遊ぶ?」
「子犬、怯えてるぞ、面白え」
「颯馬、さっきの顔サイコーだったな」
笑い声が小さくなり、やがて何も聞こえなくなった。
俺は扉に体当たりしてみるが、びくともしない。足元は冷たく、湿った床がじっとりとズボンに染みる。喉が焼けるように渇いている。
「……返してくれ……お願いだよ……」
声はもう誰にも届かない。暗闇の中、両手で顔を覆いながら、胸の奥だけが痛みで膨れ上がっていく。