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夜の雨は、夜明け前にやっと止んだ。
陸は寝不足で目を擦りながら、窓の外の曇った空を眺めていた。
胸の奥に残る余韻――昨日のトラブル、湊に助けられた感覚――は、まだ温かく、しかしどこか不安定だった。
「……俺、あんなに動揺するなんて……」
小さく呟く。頬に残る湿り気は、昨日の雨と汗の名残だ。
胸の高鳴りを押さえようとするが、自然と指が膝を握りしめていた。
学校では、卒業を控えたざわめきが続く。
廊下を歩きながらも、陸の目は無意識に湊を探してしまう。
目が合うとすぐに逸らす。けれど、心は追いかけたくて仕方がない。
一方、湊は東京行きの準備に追われていた。
参考書と資料の山に囲まれ、ペンを握る手は忙しく動く。
「……陸、大丈夫かな」
ふと呟く声に、疲れと不安が混じる。
時間が足りないと焦りながらも、心のどこかで、あの夜の出来事を思い出す。
昼休み、陸は一人で図書室の窓際に座っていた。
目の前の本は開いているが、集中できない。
昨日の夜、湊に助けられた瞬間の湊の顔――真剣で、少し不安そうで――が、脳裏に焼き付いて離れない。
「……俺、湊のこと、意識しすぎてるのか?」
問いかける声は低く、窓の外に消えていく。答えは自分の心の中にしかない。
放課後、二人は廊下ですれ違った。
湊は資料の束を抱え、少し息を切らしている。
陸は目を逸らしながらも、心臓の奥で跳ねる感覚を押さえられない。
「……あ、あの……」
湊は小さく声をかけるが、言葉は途切れる。
陸も視線を逸らしたまま、短く「うん」と返すだけだった。
廊下のざわめきの中、二人の距離はまだ縮まらない。
でも、互いに意識していることは確かだ。
言葉にできない感情は、沈黙の中で静かに、しかし確実に膨らんでいる。
帰宅後、陸は机に向かいながらも、昨日の夜の感触を反芻する。
「……湊は、今、俺のことどう思ってるんだろう……」
問いかけても答えは返ってこない。けれど、心の奥で、湊に会いたい、湊の気持ちを知りたいという欲求が芽生える。
湊も夜、自分の荷物を整理しながら、陸のことを考えていた。
「……もう少し、余裕があれば、ちゃんと話せるのに」
言葉にできないまま、胸の奥に静かな焦燥が残る。
夜明け前の静寂の中、二人はそれぞれの部屋で未来を思い、心を揺らしていた。
卒業まであとわずか。
決意はまだ形にならない。けれど、二人の心は、確かに交わる準備を少しずつ始めていた。