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白山小梅
しばらくすると、七星はお盆にコーヒーを載せて戻ってきた。
その瞬間、部屋いっぱいに香ばしいコーヒーの香りが広がる。
七星がアンティークテーブルに置いたカップを見て、優人が唸った。
「備前焼?」
「うん。ばあちゃん、焼き物も好きだったんだ。若い頃にあちこちの陶房を巡ったらしいよ」
年季の入った器は深い艶をまとい、見事な風格があった。
「キミのおばあさん、本当にいい趣味してたんだね。じゃあ、いただきます」
優人は陶器にも詳しい。
実家の母親が陶器好きで、さまざまな窯元の器を集めていた影響だ。
一口飲んだコーヒーは驚くほど美味しかった。
センスあふれる古民家で、備前の器に入ったコーヒーを味わっていると、本当に古民家カフェにいるような気分になる。
「美味しい……」
七星もコーヒーを一口飲む。
二人の間に会話はなく、静寂が広がる。
けれど、その静けさは思いのほか心地よかった。
飴色の柱に掛けられた古い時計のカチカチという針の音、風に揺れる庭木の葉擦れ……
どれも耳に優しく、まるで子供のころに戻ったような懐かしさを覚える。
「この家は、居心地がいいね」
優人が呟くと、七星は苦笑しながら言った。
「冬はすっごく寒いけど、夏は風が抜けて快適だし、住み心地はまあまあかな。私、この家、大好きなんだ」
「だろうなあ。なんか他人の僕でもすごく癒されるよ」
「ふふっ、友達が来てもみんな同じこと言うよ」
七星はそう言って、またコーヒーを一口飲み、穏やかに笑った。
そのとき、優人は棚の上に置かれた布に気づいた。
「あれは?」
「ああ、あれは作りかけのパッチワーク」
「え? “パッチワーク”って、手芸の?」
「そう。おばあちゃんの着物を捨てるのがもったいなくて、いろいろ作ってみようと思って」
七星の意外な趣味に、優人は驚いた。
(キャバ嬢だった子が、手芸を……?)
またひとつ、七星の新しい一面を知った気がした。
「パッチワークって、けっこう手間がかかるんだろう?」
「慣れればそんなでもないよ」
「そっか……。古い布を繋いで、何を作るの?」
優人が尋ねると、七星は得意げに言った。
「先生が今座ってる座布団、それも私が作ったんだよ」
優人は驚いて立ち上がった。
室内の和モダンな雰囲気に圧倒されて気づかなかったが、座布団はたしかに和布のパッチワークでできている。
「本当だ。素敵だね」
「アンティーク家具と合うでしょ? 古布だから馴染むんだよね」
「そうだね。ほかには、どんなものを作ってるの?」
「うーん、つい最近作ったのはコースター……かな」
七星は立ち上がり、台所からコースターと鍋掴みを持ってきてテーブルの上に並べた。
優人は彼女が作った作品を手に取り、感心したように呟く。
「へぇ……すごいな。売ってるのみたいだ」
「そこまで上手じゃないよ。よーく見たら縫い目も雑だし」
「いや、すごくよくできてるよ」
優人はふいに亡き妻のことを思い出した。
(美奈子が手芸をしてるところなんて見たことなかったな……。家の中で使うものは、いつも洒落た店へ買いに行ってたし……)
優人が過去に思いを馳せていると、七星がふいに口を開いた。
「私ね、いつかこの家でカフェをやりたいと思ってるんだ」
七星が自分の夢を他人に話すのは、これが初めてだった。
涼兄にも仲間たちにも言ったことがない。
まだ漠然とした夢だから、わざわざ口にする必要はないと思っていた。
なのに今は、自然と口が動いた。
「へぇ…..カフェか。いいと思うよ。この家なら駐車場も広くとれるし、雰囲気もこのままで十分使えるしね」
優人の言葉に、七星の目がきらきらと輝き始める。
「そう……思う?」
「うん。ただ、個人で店をやるのはかなり大変だと思うから、やるなら勉強や準備は必要だけどね」
「それは分かってる。だから今はネットや本で少しずつ勉強してるんだ」
その言葉を聞き、優人は七星が以前“貯金は大事”と言っていた理由を理解した気がした。
(そうか……彼女が水商売をしていたのは、おばあさんのためだけじゃなく、自分の夢のためでもあったんだ)
すると七星が言った。
「そうだ! 先生、クッキーの味見もしてくれる?」
「クッキー?」
「うん。昨日焼いたの」
七星はキッチンから缶を持ってくると、テーブルの上で蓋を開けた。
中には、シンプルで美味しそうなバタークッキーがぎっしり入っている。
「美味しそうだね」
「どうぞ」
優人は少しいびつなクッキーをひとつ摘んで口に運んだ。
噛んだ瞬間、ほのかな甘さとバターの香りが広がる。
「美味しい!」
あまりの美味しさに、優人は続けて二、三枚食べてしまった。
「国産小麦の無添加クッキーだよ」
「いや、本当に美味いよ」
「よかった! もしカフェをオープンしたら、コーヒーに添えようと思ってるの」
「いい案だね。ちょっとしたお茶請けがあると喜ばれると思うよ」
「うん!」
七星は満足げに頷き、嬉しそうにコーヒーを飲んだ。
優人は、その優しい味のクッキーをもう一枚口に運びながら、張りつめていた心がふっとほどけていくのをいくのを感じていた。
コメント
10件
2人で過ごす穏やかな時間にほっこりです😊 七星ちゃんの素敵な一面を知れて、優人先生。ますます惹かれちゃう💕 いつか七星ちゃんの夢が叶いますように✨
陶器と聞いてオホーツクブルーを思い出し、 カフェをやりたいと聞いて、シンデレラの雪子さんを思い出し、 クッキーを食べてるところを見て、城咲課長を思い出す。 先日は味噌ラーメンで、川沿いの屋台を思い出したっけ…。 色々思い出に耽る今日この頃(˶ᵔฅ ᵔ˶)♡
亡き奥様に顔だけ似ていてもなかが違う七星ちゃんに優人先生はどんどん惹かれていますね🩷七星ちゃんも夢を話したのは知らない間に心を許しているかな 時間が経つ程味わいが出てくる陶器やアンティークの様に二人はなくてはならない存在になっていくのでしょうね