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放課後の校舎は、人の気配が薄い。
相談室のドアが控えめにノックされて、日下部は椅子から視線だけを上げた。
「どうぞ」
入ってきた生徒は、座る前から落ち着きなく足を揺らしている。
「……俺さ、
休めって言われると逆にしんどくなるんだけど」
いきなりの切り出しだった。
「家でも、休日でも、
何もしない時間ができると、胸の奥がざわざわする」
日下部は頷きもしない。
ただ、遮らずに聞く。
「スマホ見たり、音楽流したり、
とにかく“何か”してないとダメでさ」
「止まると?」
「……追いつかれる感じ」
言葉を探しながら続ける。
「別に誰かに責められてるわけじゃないのに、
“何やってんの”って言われる気がする」
「頭の中で、な」
「そう。
しかもその声、結構リアルで」
日下部は机の端に視線を落とした。
「その声、今ここでは聞こえてるか」
「……少し」
「じゃあ、今は何もしなくていい」
相手は戸惑った顔で笑う。
「それが一番きついんだけど」
「分かる」
短い一言だったが、妙に引っかかる響きがあった。
「何もしない=ダメ、って体に染みてると、
静かな時間は“安全”じゃなくなる」
「俺、怠けたいわけじゃない」
「知ってる」
即答だった。
「むしろ真逆だ。
止まるのが怖いのは、ずっと走ってきた証拠だ」
相手は一瞬、口を閉じる。
「じゃあさ、
この感じ、一生続く?」
日下部は少し考える。
「放っとけば続く。
無理に消そうとしても、たぶん続く」
「救いなさすぎ」
「代わりに、“付き合い方”は変えられる」
椅子の背にもたれ、天井を見上げる。
「静かな時間に耐えられないってことは、
頭の中がずっと戦場だったってことだ」
「……」
「いきなり休もうとするな。
静寂に放り込まれたら、誰でも暴れる」
相手は小さく息を吐いた。
「じゃあ、どうすりゃいい」
「何もしない時間を、“何も生まれない時間”だと思わない」
「抽象的すぎ」
「例えばだ」
日下部は指を一本立てる。
「五分だけ、外の音聞け。
評価も反省もしなくていい。
ただ、いるだけ」
「それ、意味あんの?」
「意味が見えないことに耐える練習だ」
相手は苦笑する。
「相変わらず、めんどくさいこと言うな」
「楽な方法は、ここには置いてない」
沈黙が落ちる。
だがさっきのような焦燥は、少し薄れている。
「……俺さ」
ぽつっと、声が低くなる。
「何もしないと、自分の存在も薄くなる気がしてた」
日下部は、その言葉を否定しなかった。
「存在は、行動量で決まらない」
「それでも?」
「それでも、だ」
時計の針が静かに進む。
「今日は帰れ。
音消さなくていい。
ただ“止まろうとしてる自分”を、殴るな」
生徒は立ち上がり、少しだけ背筋を伸ばした。
「……また来るわ」
「追い立てられたら来い」
ドアが閉まる。
相談室には、何もしない静けさが残った。