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放課後の相談室。
ドアを開けた生徒は、椅子に座るなり天井を見た。
「俺さ、
ぼーっとしてるって、よく言われる」
日下部は返事をしない。
続きを待つ。
「先生にも、友達にも。
“ちゃんと考えてから動け”って」
「考えてないわけじゃない」
生徒は即座に否定した。
「むしろ逆。
頭の中、ずっとごちゃごちゃしてる」
膝の上で、手が落ち着きなく動く。
「選択肢とか、条件とか、
失敗したらどうなるかとか、
一気に来て……固まる」
日下部はペンを持ち上げ、机で転がした。
「その沈黙の間に、“何もしてない”って評価される」
「それ」
視線がこちらに向く。
「考えてる時間を、
サボってる時間に変換される感じ」
「外からは違いが見えない」
「だからって、
分かったフリして急いで動くと、
今度は“雑”って言われる」
苦い笑い。
「どうしろって話」
日下部は短く息を吐いた。
「考えが深い人間ほど、
途中経過を言葉にするのが下手だ」
「救いになる言い方だな」
「事実だ」
ペンを止める。
「考えは、完成品しか認識されない。
未整理の状態は、“空白”に見える」
「でもさ」
生徒は前屈みになる。
「空白って思われるの、きつい」
「分かる」
「努力してないみたいじゃん」
「努力は“消費された時間”じゃなく、
頭の中で起きた衝突だ」
生徒は少し黙った。
「じゃあ、
このまま誤解され続けんのか」
「放っとけばな」
「……」
「嫌なら、途中を少しだけ漏らせ」
日下部は言う。
「完成させる前でいい。
“今、迷ってる”
“ここが分からない”
それだけで条件は変わる」
「弱く見られない?」
「弱いから迷うんじゃない。
雑じゃないから止まる」
沈黙。
「考えが深いのに、
口数で評価される場に立ってるだけだ」
生徒は、天井から視線を下ろした。
「……俺が遅いんじゃない?」
「速さが基準の場所にいるだけだ」
時計が鳴る。
「今日はそれだけ持って帰れ。
考えてるお前は、
“空っぽ”じゃない」
生徒は立ち上がり、
少しだけ顔を緩めた。
「また来る」
「考えが詰まったら来い」
静かなドア音が、廊下に溶けた。