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夕暮れとともに、町の空気が少しずつ張りつめていく。
星降る橋へ並んだ提灯に、ひとつ、またひとつと灯が入った。薄青い空の下で、その色だけが先に夜になる。橋の欄干はきれいに磨かれ、入口には濡れても滑りにくい布が敷かれ、シェルターの扉は大きく開け放たれていた。
満月の鐘まつり、本番。
入口側で合図を待つ観客たちの顔は、期待と少しの緊張で明るい。年配者も若者も、子どもも、前よりずっと自然に同じ場所へ集まっている。その光景だけで、すでにこれまでの周回とは違って見えた。
アルヴェが短く手を上げる。
「始める」
最初の鐘が、橋の向こうで鳴った。
低く、澄んだ音が空へひろがり、橋の上の風音と重なる。観客がゆっくり歩き出す。立ち止まらない。けれど急がせた感じもしない。トゥランの配置した導線が、まるで初めからそういう道だったみたいに人を流していく。
ジャスパートの灯りが橋からシェルターの中へ色を渡し、外の夜と中の舞台を切れ目なくつないだ。
サベリオは入口の端でその流れを見守る。胸はまだ速い。でも足は震えない。
シェルターの中では、デシアの音語りが静かに始まっていた。
春先の朝に窓を開ける音。
市場の水桶が鳴る音。
古い床板がきしむ音。
子どもが走る音。
遠くの山に当たる風の音。
ひとつひとつは地味なのに、順番に重なると町の輪郭が立ち上がる。
そして中盤、若者たちの録音した声が差し込まれた。
「将来の自分、逃げるな!」
「ちゃんと助けてって言え!」
「帰ってきてもいい場所でいてくれ!」
笑いが起こる。すぐあとに、胸の奥をくすぐるような静けさが残る。
ヌバーは袖で腕を組み、いつになく真面目な顔で聞いていた。モルリは鼻をすすりながらも屋台班へ合図を送り、ハルティナは客席の端で不安そうな子どもの手をそっと取る。ミゲロは運び終えた箱の横で、何度も大きくうなずいていた。
ロヴィーサが掘り起こした昔の言葉も、グルナラがまとめた記録も、サディオの装置も、ホレの時間割も、全部がこの夜の中で役目を持っている。
デシアの声は、一人で目立とうとする響きではなかった。むしろ、人の声や生活の音を前へ出すために自分の声を整えている。その在り方が、前よりずっと強く感じられた。
サベリオは気づく。
ここにいる誰も、誰かの添え物ではない。
そして自分もまた、ただの裏方では終わらない夜へ立っている。
シェルターの天井に灯りが揺れ、観客たちの顔がやわらかく浮かび上がる。
これまでで、いちばん美しい春だった。
けれど同時に、空気の端へ湿った匂いがまざり始めている。
サベリオはそっと外を見る。
山の向こうに、重たい雲が来ていた。
#成り上がり
#死に戻り
#ハッピーエンド
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