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最初の一滴は、橋の端へ静かに落ちた。
それはすぐ二滴になり、三滴になり、やがて提灯の火を囲む空気そのものが水を含み始める。観客の何人かが空を見上げ、袖ではモルリが小さく息をのんだ。
サベリオの胸も一瞬だけ強く打つ。
来た。
何度も夜を壊した雨だ。
けれど次の瞬間、誰も固まらなかった。
「第一段階、切り替え準備!」
アルヴェの声が飛ぶ。
トゥランが入口側の合図を返し、橋の上の人数を数えながら流れを内側へ向ける。ホレは大机代わりの連絡板へ時刻を記し、屋台班と照明班へ順に札を送った。ニカットは許可条件の確認票を片手に、安全導線の空きを即座に見ている。
ジャスパートの灯りはもう迷わない。外の提灯を落ち着かせながら、室内側の光量を一段上げる。橋からシェルターへ移っても、夜が途中で切れたように見えない。
サディオは装置の前でにやりとした。
「主役交代だ」
樋へ落ち始めた雨が、受け皿を叩く。空き瓶の並びが細かく震え、まだ本格化する前の雨音が、すでに楽器の予告みたいに鳴り始める。
デシアは録音機を抱えたまま、その音を聞いていた。怖がっていないわけではない。けれど前みたいに、雨へ奪われる顔ではなかった。
観客の移動も落ち着いている。
ハルティナが子どもの目線へしゃがんで笑いかけ、ヌバーは「押さなくて大丈夫、ちゃんと中が主役です」と妙にうまい案内を飛ばす。ミゲロは濡れやすい機材を運び、ヴィタノフとコスタチンは橋側の足元を最後にもう一度だけ見て回る。
雨脚はさらに強まった。
屋根を打つ音が厚くなり、川の流れも少し荒く聞こえる。橋の上で続行するのは、もう無理だ。けれどそれは敗北の合図ではなかった。
「中へ切り替える!」
アルヴェが宣言する。
その声に重なるように、シェルターの中で灯りがふっと深まり、橋の鐘の中継音が一段近くなる。客席のざわめきは不安より期待に近い。準備してきた人間だけが持つ、ぎりぎりの落ち着きがそこにあった。
サベリオは橋の入口で最後の流れを見送りながら、はっきり感じていた。
同じ豪雨だ。
同じ満月の夜で、同じように雨が牙をむいている。
なのに今夜は、誰もその前で立ち尽くさない。
観客がシェルターへ入りきる直前、デシアがこちらを振り返る。視線が合う。言葉はない。それでも、次に何を鳴らすべきか、もう二人とも分かっていた。
雨は激しくなる一方だった。
しずくシェルターの屋根いっぱいに水の音がひろがり、夜はここから、別の美しさへ切り替わろうとしていた。
#成り上がり
#死に戻り
#ハッピーエンド
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