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布団の上、息の詰まりそうな夜。蝉の声はもう鳴り止んでいて、窓の隙間から入り込んだ月光だけが、部屋を薄く照らしていた。
遥が、日下部のシャツに指をかける。
柔らかく笑って、でも目は笑っていない。
「……こうすりゃ、おまえも、満足?」
冗談みたいな言い方だった。
でもその手つきには、冗談では済まない迷いのなさがあった。
日下部は、ただ黙って遥の手を掴んだ。
拒絶でも、肯定でもない、曖昧な体温。
「……やめた方がいいと思う」
遥の動きが止まる。
表情は変わらないけど、眉の奥が少しだけ揺れた。
「なんで?」
声が乾いている。
挑発でもなく、好奇心でもなく――傷に触れられた時の、それ。
「……おまえ、そういうの、慣れてんだろ」
「でも、俺はさ……お前を抱くために、ここにいるわけじゃない」
遥は、目を逸らした。
笑うでも怒るでもなく、ただ虚空を見つめる。
「そういう“やさしさ”が、いちばんわかんねえんだよ」
かすかに震える声だった。
目の奥で何かが壊れそうに揺れていた。
「されるのが、当たり前だった。されないと、俺の価値がなくなる気がして。……でも、おまえは、なんもしてこねぇじゃん」
沈黙が落ちる。
日下部はその場から動かず、遥の額に手を置いた。
「……一緒にいればいいって思っただけ。したくないってことじゃない。けど……お前が“試してる”なら、それはちょっとずるいよ」
遥は、ほんの少し口角を動かした。
笑いかけて、でもすぐその形は崩れた。
「……そうかもな」
それきり、言葉は続かなかった。
でも日下部の指は、遥の背中にそっと添えられたままだった。
それが、触れる以上の何かを確かに伝えていた。