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部屋の空気は静かで、息を呑むほど重い。遥は、日下部の手が背中に触れたまま、じっとしていた。
その手のひらの温もりは、確かに感じている。でも、それが温かいのか、苦しいのか、遥にはわからなかった。
心のどこかで、それを求めている自分がいることに気づきながらも、どうしてもその手を振り払うことができなかった。
「……どうして、黙ってんだよ」
遥は、その一言を聞いた瞬間、思わず目を閉じた。
彼の声は、ただの問いかけではない、遥に何かを“求めている”ように響いた。
その声が遥の心の中で、まるで何かを引き裂くような音を立てた。
「お前、なんで……」
日下部が少し体を寄せる。
その瞬間、遥は一瞬身を強張らせた。
彼の手が、背中を優しく撫でる。それでも、遥は反応を示せなかった。
ただ、目の前の空間に引き寄せられるように感じているだけ。
「……こんなこと言って、悪いけどさ」
日下部の言葉が続く。
「お前が……そうやって、試すように俺を誘って、でも心の中で何を求めてるのか、俺にはわからない」
その言葉に、遥は動けなくなった。
何も言えなかった。
ただ、胸の奥で言葉が詰まっていく。
それは、彼の気持ちに応えられない自分が怖いからだ。
彼を傷つけたくないのに、どこかで傷つけてしまうことを恐れていた。
でも、今ここでこの手が触れていることは、心のどこかで信じたかった。
「……俺はさ、お前に触れたくないんじゃない」
日下部の声は、少しだけ震えていた。
「でも、俺が触れることでお前がもっと傷つくんじゃないかって、怖いんだ」
その言葉が、遥の中で静かに響いた。
その震えが、遥の心の中にある深いところを揺さぶった。
遥は黙って目を閉じた。
そのまま静かに息を吐く。
触れられることへの期待と、同時にその期待を裏切られたくないという恐怖が混ざり合って、身体が震えているのを感じた。
「どうして……俺は、こんなに、怖いんだろう」
小さな声で呟く。
「いつだって、そうだった。触れられることが、怖かったのに、どうしてかそれを求めてた」
日下部が、何も言わずに遥を抱きしめた。
その手は、遥の背中にそっと触れるだけで、強くはなかった。
遥は、その手を感じるたびに、心の中で何かが壊れそうになるのを感じていた。
これが、普通の愛情なら、こんなに痛くないはずなのに。
触れるたびに思い出すのは、あの過去の痛みばかり。
でも、日下部は黙って寄り添うだけだった。
ただ、その存在が遥には、何よりも温かく感じられた。
それが、痛みを引き裂いて、少しずつ心を解放してくれるようだった。
「……俺は、お前が痛い思いをするの、見たくない」
その言葉に、遥はわずかに目を開けた。
見上げると、日下部の目が静かに遥を見ている。
それがただの優しさではなく、真剣な思いであることを、遥は痛いほど感じた。
「でも、俺はお前がどうしてほしいか、わからない。お前がどうしたいのか、まだ、わからないんだ」
その言葉が、遥の心を深く抉った。
彼の中にある思いや、遥が求めていることを知りたがっている日下部の気持ちが、痛いほどに届いてきた。
「お前が触れたいと思うなら、俺だって触れたい。でも、お前がそれを“試してる”だけだと思ったら、怖くて……」
日下部は、遥の耳元で静かに言葉を落とす。
「お前を傷つけたくないんだ」
その瞬間、遥は言葉を失った。
今まで感じたことのない、空っぽの感情が胸に広がっていった。
遥はただ、無意識に日下部の胸に顔を埋める。
言葉にならない苦しさ、痛み、そして理解してほしいという欲求が渦巻いていた。
静かに時が流れ、二人の心は少しずつ、少しずつ近づいていった。