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ruruha
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きゆう
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📩 相談
高校二年・Rさん
昔は、もっとはっきり自分の意見を言える人間だったと思います。
嫌いなものは嫌いと言えたし、納得できないことには反対していました。でも、そうすると面倒なことになったり、周りから浮いたりすることがあって、だんだん何も言わなくなりました。
今は、みんなが好きなものを好きだと思うこともあるし、前なら絶対に嫌だと思っていたことでも、別にいいかと思えるようになりました。
人間関係も前よりうまくいっています。
なのに、ときどき、自分が空っぽになったような気がします。
本当に考え方が変わったのか、それとも嫌われないように周りに合わせているうちに、自分の考えが分からなくなったのか。
今の自分が楽なら、それでいいんでしょうか。
それとも、昔の自分を裏切っているんでしょうか。
相談文を読み終えた蓮司は、椅子の背にもたれた。
蓮司「これ、昔の自分の方が本物で、今の自分は偽物って考えてるんだろうな」
日下部「本人も、そこを決めきれないから悩んでいるんだろう」
遥「……でも、周りに合わせるようになったからって、全部が嘘になったわけじゃないと思う」
蓮司「うん。実際、昔は嫌いだったものを今は好きになった、なんて普通にあるしな。昔の自分が正しくて、今の自分が間違ってるとは限らない」
日下部「ただ、本人は単に好みが変わったことを悩んでいるわけじゃない。自分の意見を言うと面倒になるから、言わなくなった。その結果、意見そのものまで分からなくなったと感じている」
蓮司「そこが厄介なんだよな。最初は面倒だから黙ってただけでも、何度も繰り返してると、何を言いたかったのか忘れることがある」
遥「……忘れるって、どういう感じ?」
蓮司「例えば、クラスでみんながある人のことを嫌ってるとするだろ。自分は別に嫌いじゃない。でも、そこで『俺は嫌いじゃない』って言ったら、面倒なことになるかもしれない。だから黙る。次の日も、その次の日も黙る。そうしてるうちに、みんなが嫌ってる理由ばっかり耳に入ってきて、いつの間にか自分まで嫌いになった気がする。そういうこと」
日下部「周囲の意見に触れて考えが変わったのか、周囲に逆らわないために考えを変えたことにしたのか、自分では区別できなくなるんだな」
遥「……それって、後から本当の気持ちを探しても、分からないのかな」
蓮司「分かるときもあるし、分からないままのときもあるだろ。昔の自分だって、全部本音だったとは限らないし」
遥「え?」
蓮司「昔は嫌いだって言ってたけど、本当は嫌いじゃなかったとか。強く反対してたけど、周りに流されるのが嫌だっただけとか。自分の意見を言える人間だったと思ってても、実は意見を言える状況だっただけかもしれない」
日下部「昔の自分を、今の自分が都合よく理想化している可能性もあるということか」
蓮司「そう。昔の自分は何にも縛られず、本音だけで生きてました、なんて、そんなに簡単な話じゃないだろ」
遥は相談文の「昔は、もっとはっきり自分の意見を言える人間だった」という部分を見つめていた。
昔の自分。
そう呼べるほど、はっきりした自分があったのだろうか。
遥「……でも、嫌われたくなくて変わったなら、やっぱり自分を曲げたことにはなるんじゃない?」
蓮司「曲げたんじゃない。曲げざるを得なかった、って場合もあるだろ」
日下部「その違いは大きいな。本人が自分で選んだことと、そうしないと不利益を受ける状況だったことは、同じではない」
蓮司「ただ、そこを全部『仕方なかった』で片づけるのも違うと思うけどな。今の自分がどうしたいかまで、昔の環境に決めさせる必要はないし」
遥「……今の自分が、どうしたいか」
日下部「そうだ。過去の自分を取り戻すことだけが、答えではない」
遥は少し考えてから、ぽつりと言った。
遥「……今の自分が、周りに合わせてる方が楽なら?」
蓮司「楽なら、合わせてもいいんじゃない?」
日下部「ただし、何を差し出しているかは自分で知っておいた方がいい」
蓮司「また日下部らしいこと言うな」
日下部「実際そうだろ。みんなと同じものを好きだと言えば、話が弾むかもしれない。意見を合わせれば、揉めずに済むかもしれない。それで得られるものもある。問題は、その代わりに自分が何を我慢しているかだ」
蓮司「別に全部の本音を人に見せる必要もないけどな。俺だって、思ったことを全部口にしてるわけじゃないし」
遥「蓮司も?」
蓮司「俺を何だと思ってんだよ。言わない方が得なことくらいあるだろ。言いたいことを全部言うのが、自分に正直ってことでもない」
日下部「意見を言わない選択と、意見を持てなくなることは違う。自分で分かったうえで黙るのか、自分の考えを確かめる前から周囲に合わせるのか。その差はある」
遥「……でも、何度も合わせてたら、分からなくなるんじゃないかな」
蓮司「なるかもしれないな」
蓮司は、そこで簡単に否定しなかった。
蓮司「ただ、分からなくなったからって、もう自分の意見がないって決まったわけじゃない。普段は何も思わなくても、ある日、どうしても嫌だって思うことが出てくるかもしれないし。逆に、昔なら反対してたことを、今は本当に納得して受け入れられるかもしれない」
日下部「自分の本音を探すために、わざわざ周囲と反対のことをする必要もない。反対すること自体が目的になったら、それもまた周囲に振り回されている」
遥「……ああ」
日下部「誰かに合わせることも、誰かに逆らうことも、それだけでは自分の意思の証明にならない」
蓮司「つまり、昔の自分に戻るために、今の自分を否定する必要はないってこと」
遥はゆっくりとうなずいた。
それでも、何かが引っかかっているようだった。
遥「……じゃあ、昔の自分が大事にしてたことを、今は大事にできなくなってたら?」
蓮司「それは、ちょっと話が違うな」
日下部「何を大事にしていたのかにもよるが、本人が今も大切だと思っているのに、周囲に合わせるために捨てているなら、見直す意味はある」
遥「でも、昔は大事だったのに、今はそうでもなくなったってこともあるよな」
日下部「ある。だから、昔の自分が大事にしていたという理由だけで、今も同じように大事にしなければならないわけではない」
蓮司「昔の自分との約束を、永遠に守らなきゃいけないわけでもないしな。人間なんだから、変わるだろ」
遥「……変わっても、いいんだ」
その言い方に、蓮司がわずかに眉を上げた。
蓮司「いいだろ。変わったら裏切りって、誰との契約だよ」
遥「いや……そういうことじゃなくて」
言葉が続かず、遥は口を閉じた。
変わってもいい。
その言葉を聞いて、すぐに安心できるわけではなかった。
人は変わる。考え方も、好きなものも、嫌いなものも。
それでも、誰かが変わったことを理由に責める場面を、遥は知っている。
前はできたのに。
前は嫌がらなかったのに。
前は何も言わなかったのに。
一度そうしていたことが、次も同じように振る舞う義務になる。変わろうとした途端、今までの自分を持ち出されて、変わる前に戻される。
遥「……変わったら、前はこうだったって言われることもあるじゃん」
日下部「あるな」
遥「そうしたら、自分でも……前の方が正しかったのかなって、思うかもしれない」
蓮司「言われたことが正しいかどうかと、前の自分に戻るべきかどうかは別だろ」
日下部「以前そうしていたという事実は、今もそうしなければならない理由にはならない」
蓮司「前は我慢できたから、これからも我慢しろ。前は笑ってたから、今も笑え。前は好きだと言ったから、ずっと好きでいろ。そんなの、相手にとって都合がいいだけの場合もある」
遥は何も言わなかった。
蓮司「もちろん、変わったことで誰かを傷つけたなら、そのことについて考える必要はある。でも、相手が困るからって、変わること自体を禁止されるわけじゃない」
日下部「自分の変化に責任を持つことと、変わらない責任を負わされることは違うからな」
遥「……うん」
蓮司「それに、今の自分が楽だってことも、ちゃんと理由の一つだろ。昔の自分が正しかったかどうかを証明するために、わざわざ今の自分を苦しめる必要はない」
遥「……じゃあ、今の自分が楽で、でも昔の自分を裏切った気がするなら?」
日下部「その感覚があること自体は、否定しなくていい。ただ、その感覚があるからといって、本当に裏切ったと決まるわけではない」
蓮司「昔の自分が今のおまえを見たら、何て言うか。想像するのは自由だけど、昔の自分に勝手に判決を出させなくてもいいだろ」
遥「……昔の自分に、判決」
蓮司「『おまえは変わったから偽物だ』って、今の自分が昔の自分のふりをして責めてるだけかもしれないしな」
日下部「大事なのは、昔と今のどちらが本物か決めることではなく、今の自分が何を選びたいのかを少しずつ確かめることだと思う」
遥は相談文を閉じた。
答えが出たわけではない。
周りに合わせることが、自分を守るために必要なときもある。自分が本当に納得して変わることもある。気づかないうちに、何かを諦めてしまうこともある。
その全部を、一つの言葉で説明することはできないのだろう。
遥「……自分の意見が分からないときって、どうすればいいんだろう」
蓮司「分からないままでもいいんじゃない。とりあえず、何かを選ぶときに、自分がどうしたいかを一回くらい考えてみるとか」
日下部「すぐに答えが出なくても、周囲の意見をそのまま自分の答えにしない時間を持つ。それだけでも違うと思う」
遥「……それで、結局みんなと同じ意見だったら?」
蓮司「それなら、それでいいだろ。自分で考えた結果、みんなと同じだったんだから」
遥は少しだけ笑った。
同じであることが問題なのではない。
違うことを恐れて、自分が何を考えているか確かめることさえやめてしまうのが、苦しいのかもしれない。
🗝 三人からのことば
遥
「昔の自分が大事にしてたものを、今は大事にできなくなってても……それだけで、昔の自分を裏切ったことにはならないと思う。変わった理由も、今の自分がどうしたいかも、すぐに分からなくていいんじゃないかな」
蓮司
「周りに合わせるのも、自分の意見を通すのも、どっちも選択肢の一つだろ。大事なのは、どっちを選んだかだけじゃなくて、何を考えて選んだか。昔の自分を守るために今の自分を苦しめるのも、なんか違うと思うけどな」
日下部
「変わった自分を、すぐに肯定する必要も否定する必要もない。自分の考えが分からなくなったなら、これからの選択の中で確かめていけばいい。以前の自分と同じであることより、今の自分が何を選んでいるのかを知る方が大切だと思う」
帰宅したあと、遥は鞄から美術部のスケッチブックを取り出した。
最後のページには、少し前に描いた絵があった。
今より線が荒く、構図も雑で、色もほとんど置かれていない。それでも、描きたいものだけは今よりはっきりしていたように見えた。
遥はしばらく眺めたあと、ページをめくろうとした。
昔の自分の絵を見ても、懐かしいとは思わなかった。戻りたいとも思わない。今の方が、少しは上手く描けるようになっている。
ただ、今の自分なら描かないものが、そこにはあった。
どうして描かなくなったのか、思い出せない。
飽きたのかもしれない。下手だと思ったのかもしれない。誰かに何かを言われたのかもしれない。
あるいは、何も考えずに描いていたものを、いつからか描かなくなっただけなのかもしれない。
遥はページを戻した。
昔の絵を、今の自分が描き直すことはできる。
でも、昔の自分が何を考えていたのか、完全に同じ気持ちで描き直すことはできない。
それなら、今の自分が描く絵には、今の自分の何かが入っているのだろうか。
遥には、まだ分からなかった。
ただ、昔の絵が今より下手だからといって、あの頃の自分が何も考えていなかったことにはならない。
今の自分があの絵を描かないからといって、あの頃の気持ちが全部嘘だったことにもならない。
そこまで考えて、遥は鉛筆を手に取った。
何を描くかは、決めていなかった。
誰かに見せる予定もない。褒められることも、期待されることもない。
しばらく紙の上で鉛筆を止めたあと、遥は、窓の外にある電線を一本だけ描いた。
うまく描けたかどうかは、まだ分からなかった。
それでも、誰かに何かを言われる前に、自分で描きたいと思った線だった。
遥はその線を消さなかった。
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いやあ、第46話、すごく沁みました……。「変わったら裏切りって、誰との契約だよ」って蓮司の台詞、胸に刺さりましたね。相談者のRさんの気持ちはもちろん、遥自身が自分の変化と向き合う姿が重なって、もう読んでるこっちまで静かに考え込んじゃいました。最後に自分で「描きたいと思った線」を消さなかった遥の選択、すごく好きです。正解じゃなくていい、自分がどうしたいか、ちょっとずつ確かめていく——そのまなざしが本当に優しかったです🌷