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昼休みの終わり際、校舎の裏手は妙に静かだった。
蓮司の姿が見えない時間帯。
それだけで、空気が一段ゆるむ。
「今いないよな」
その一言で、全員が確信する。
許可は要らない。
抑えが外れただけだ。
遥が廊下を抜けようとした瞬間、腕を掴まれた。
「ちょっと来いよ」
(……やっぱり)
抵抗する理由はない。
声を上げる意味もない。
引きずられる方向が、階段裏だと分かった時点で、体が勝手に力を抜いた。
「最近さ、調子乗ってるよな」
「蓮司に見られてるときだけ、おとなしい顔してさ」
背中を突き飛ばされ、壁にぶつかる。
肺から空気が抜ける音が、自分のものだと気づくのに少し時間がかかった。
(……重い)
拳が腹に入る。
正確じゃない。
でも、その分、痛みが散る。
「声出すなって言われてたっけ?」
「いないからいいだろ」
蹴りが飛ぶ。
太もも。
脇腹。
床に倒れると、待っていたみたいに靴が増える。
(……雑だ)
蓮司がいるときは、こんな蹴り方はしない。
壊しすぎない。
でも今は、加減がない。
「ほら、起きろよ」
髪を掴まれ、無理やり顔を上げさせられる。
「お前さ、蓮司に気に入られてると思ってた?」
耳元で、笑う声。
(……思ってない)
そんな資格はない。
最初から。
「勘違いしてる顔がムカつくんだよ」
拳が、頬に当たる。
骨には当たらない。
でも、視界が揺れた。
(……まだ)
壊れるほどじゃない。
でも、確実に削られている。
「日下部も消えたしさ」
その名前で、蹴りが止まる。
「次は誰だと思う?」
答えは分かっている。
でも、口に出したら終わる。
(……俺)
腹に、もう一発。
今度は深い。
「蓮司いないと、ほんと弱いよな」
「つーか、蓮司いなくても殴れるって分かったし」
笑い声が、階段裏に反響する。
(……ああ)
これが“エスカレート”だ。
見られていない時間。
止められない確信。
責任の所在が曖昧な暴力。
「ヤバそうになったら、やめればいいし」
「どうせ、あいつ全部分かってるだろ」
その言葉が、一番きつかった。
(分かってる)
分かっていて、止めない。
それが、今の支配。
足音が近づき、誰かが言った。
「やべ、戻るぞ」
最後に、腹を踏まれる。
体重を預けるみたいに。
「動けなくなったら、めんどいから」
去っていく足音。
残される、荒い呼吸。
遥は、しばらく起き上がれなかった。
床の冷たさが、背中に染みる。
(……蓮司がいない方が、痛い)
その事実が、静かに胸に落ちる。
守られていたわけじゃない。
管理されていただけだ。
(それでも)
雑な暴力の中で、はっきりしたことがある。
(まだ、壊れてない)
それを確認するために、
遥は歯を食いしばり、ゆっくりと体を起こした。
――次は、もっと酷くなる。
分かっていても、
逃げる選択肢は、最初から存在しなかった。