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放課後の校舎は、昼より音が少ない。
だから、些細な物音がやけに大きく響く。
遥が科学準備室に入った瞬間、背後で扉が閉まった。
(……しまった)
遅い。
気づいた時点で、もう囲まれている。
「今日はさ」
誰かが、妙に明るい声で言った。
「蓮司、最後まで残らないらしいよ」
その一言で、空気が変わる。
抑制が消える音が、はっきりと分かった。
背中を押され、棚にぶつかる。
逃げようとした足首を踏まれ、体勢を崩す。
「動くな」
腕を掴まれ、壁に押しつけられる。
(……やめろ)
声にはならない。
言葉にした瞬間、次に進む。
頭の上で、何かが傾いた。
一瞬遅れて、冷たい水が顔に落ちてきた。
(……っ)
息を吸う前に、喉に水が入る。
反射で咳き込もうとしたが、顎を押さえられる。
「ほら、落ち着けって」
笑い声。
水は止まらない。
視界が滲む。
鼻と口が、同時に塞がれる感覚。
(……息……)
肺が、勝手に空気を欲しがる。
でも吸えない。
頭が熱くなる。
音が遠のく。
「死なない程度な」
誰かが言った。
(……知ってる)
ここでは、いつもそうだ。
やっと水が止まり、体が前に崩れる。
床に手をついた瞬間、何かが当たった。
ぐしゃり。
生温かい感触が、肩に広がる。
(……卵)
黄身が、制服を伝って落ちる。
「似合うじゃん」
「ほら、もう一個」
背中に、鈍い衝撃。
殴るほど重くない。
でも、確実に痛い。
(……石)
転がる音が、足元で止まる。
「投げてもいい?」
「いいだろ、どうせ跡残らない」
小さな石が、太ももに当たる。
次は、脇腹。
次は、肩。
(……数、数えるな)
数え始めたら、終わりが分からなくなる。
卵が、もう一つ割れる。
今度は頭。
生臭い匂いが、鼻に残る。
「汚っ」
「片付けるの面倒だな」
(……俺が、やる)
言わなくても、そうなる。
最後に、誰かがしゃがみ込んで、顔を覗き込む。
「なあ」
声が、やけに低い。
「蓮司に言いつける?」
(……言えるわけ、ない)
その沈黙が、答えだった。
「だよな」
満足そうな声。
足音が遠ざかる。
扉が開き、閉まる。
残されたのは、
濡れた床と、割れた殻と、冷えた体。
遥は、しばらく動けなかった。
制服が肌に張り付き、呼吸するたびに重い。
(……見てない)
蓮司は、見ていない。
(でも、分かってる)
それが、一番はっきりしている。
(止めないって、決めてる)
だから、これは許されている。
遥は、ゆっくりと立ち上がった。
濡れた袖から、水が滴る。
(……壊す気は、まだない)
雑でも、荒くても、
“生かしたまま”だ。
その事実だけを胸に押し込み、
遥は、誰にも見られないように、廊下を歩き出した。
――次は、もっと慣れたやり方になる。