テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「此処になります」
ライエンはそう言うと、見るからに幽霊の出そうな塔の前で立ち止まった。外壁は老朽化により所々崩れている上、巻きつく蔦も多過ぎて強度が心配になる。真昼間で雲の無い透き通る程に青い空を背負っても尚、陰気な雰囲気を幽閉塔が漂わせていた。
ルナールに片手を支えられていなければ、Uターンをして『んじゃ僕はここで帰ります』と言いたいレベルで入るのが怖い。『崩れるって!こんな建物!』と文句を言いたい気持ちでいると、一階にある待機室から一人の男性が顔を出した。
「何か御用でしょうか?」
茶色い髪にイヌ耳の生えた懐っこそうな獣人が、三人の姿を見てキョトンとした顔をした。順々に三人の顔を軽く見て、柊也の所まで来た時に「まさか……生贄的なアレですか?」なんて呟くもんだから、柊也は反射的に「あ、なんかわかる!」と答えてしまったのだった。
「——すみません……。まさか貴方様がライエン王子だとは思わず。私の様な下っ端召使いでは貴方様を城内で拝顔する機会すらもありませんし、祭りの時なども豆粒程度の距離でしたもので……」
何度も何度も頭を下げて、幽閉塔担当の管理人の一人であるジェスという青年がライエンに謝罪している。
「頭を上げて。幽閉塔担当という事は、君は新人なのでしょう?ワタシの顔を知らないのも仕方がないですよ」
そう言ってジェスの肩に優しく手を置き、ライエンが母に良く似た柔らかな笑顔を彼に向ける。その顔を見て、『何だ、彼ってこんな顔も出来るんだ』と柊也は思った。
謁見の間で初対面してから、終始仮面みたいな笑いや、不満そうな顔しか見ていなかったのだから当然だ。無理のない自然な笑顔は人柄の良さが滲み出ている感じがある。
(ライエンさんって根は良い人なんだろうな。ご両親があんな感じなんだもん、当然か)
きっとさっきまでは虫の居所が悪かっただけなんだね、と柊也が勝手に納得した。
「此処にいらっしゃったという事は、ユラン王子に用があるのですよね?」
「はい。トウヤ様が解呪に来たのです」
ジェスの問いに答えたのは、ルナールだ。
「……『トウヤ』様?『解呪』……。——おぉ!やっと【純なる子】が城までいらしてくださったのですね」
パッと顔を明るくさせ、胸元で祈るように手を組み、ジェスが喜びの声をあげる。途端、明らかにライエンの顔が曇った。さっきまでの笑顔は何処に?とベール越しに柊也が驚いていると、ジェスが階段のある方へと小走りで移動し「こちらです!案内致しましょう」と尻尾をフリフリしながら声をあげた。『お願いします』——と言いながら前に一歩出ようとした柊也だったが、ライエンがいち早く断った。
「結構ですよ。大勢で押し掛ける場所でも無い。階段での一本道を間違えようも無いですしね」
温和な笑みを浮かべているのだが、柊也には何となく不自然なものに見える。先程のような本心から出た笑顔といった感が無く、妙に仮面臭い。初めて見た時の彼に、最速で戻ってしまった感じだった。
「あ……それもそうですよね。すみません、【純なる子】にお会い出来て、ちょっと嬉しくなってしまいまして」
ジェスは頭を下げて、また謝った。
「でしたら、現状の報告だけでもさせて下さい!えっと、ユラン王子は現在睡眠中でして、人化している事もお辛いのか、最近は本来のお姿のままベッドの辺りで項垂れる様に眠っておいでです」
許可も得ぬままそう早口で報告すると、締めとして、ジェスは背筋を正して三人に向かい敬礼をする。し慣れていない感があり、小柄な体格のせいもあってか、初々しい可愛さがあった。
「ならば余計に急がないといけませんね、行きましょう」
そう言ってライエンが足早に階段へと歩いて行く。
「私達も行きましょうか」
「う、うん……」
ルナールに声をかけられ、柊也が気乗りしない返事を返してしまう。此処まで来て尚、気持ちはモヤモヤしたままだ。それでも、乗り気じゃ無いとはどうしても言えない。せめて普通の服に着替えたい所なのだが、もうライエンが階段を上がり始めてしまった為、それも希望出来なかった。
狭くて古い石造りの階段を一人ずつ上がりながら、最後尾を歩く柊也が小声でルナールに声をかけた。
「ねぇ、ルナール」
#バトル
319
空詩
「何ですか?トウヤ様」
「レェーヴはもう此処には来てるの?」
『レェーヴ』とはキツネの姿をした召喚獣で、柊也をこの世界へぶっ飛ばした張本人だ。ルナールが随分前に『【孕み子】の呪いをどうにかし、元の世界へ逃げ帰ろう』と言っていた件は一体どうなったのだろうかと思い訊いたのだが、ルナールの反応はちょっと冷たいものだった。
「いえ。必要無いのでは?」
振り返る事無く、サラッと否定した。彼女の様な召喚獣が居なければ柊也は帰る事が出来ないというのに、何故ルナールはそんな事を言うのだろうか。
「待って。そうなると、僕は元の世界に帰れないよね?」
そう言って、柊也は階段の途中で立ち止まってしまった。ルナールが益々何を考えているのかわからなくなり、今自分は一体どうするべきなのかと、心が不安でいっぱいになる。ただでさえ気持ちが滅入っていたというのに、それにとどめを刺された様な感覚だった。
「トウヤ様?」
止まったままになってしまった柊也に気が付き、ルナールが階段を少し引き返す。
白いベールの奥で揺れる瞳が目に入り、ルナールは咄嗟に柊也の後頭部へ手を回して、額に優しい口付けをした。
「……ル、ルナール?」
ビックリして目を見開き、柊也がルナールの顔を見上げた。壁側にある小さな窓から光が差し込み、ルナールの端正な顔と艶やかな髪を照らしている。ベール越しに見る彼の姿はとても輝いていて、柊也の心がきゅんっと締め付けられた。
「私は、トウヤ様を離す気などありません。なので……彼女は呼びませんでした」
コツンッと額に額を重ね、ルナールが柊也の頰をベール越しに優しく撫でる。
「そっか……」
柊也はやっとルナールの気持ちが見えた気がして、頬を桜色に染めながら、柔らかな笑みを浮かべた。
「——貴方達は、一体何をしていたんですか」
最上階に柊也とルナールが到着するなり、すこぶる機嫌の悪い顔をしたライエンが、腰に手を当てながらそう言った。
「ちょっと遅れただけではないですか。トウヤ様は麗しいドレス姿なのですよ?そう早くは階段など上がれません」
柊也を腕で庇い、ルナールがムッとした顔で反論する。二人がやっと交わした会話がこれとは、柊也はちょっと先が思いやられた。
「遅れてしまい、すみませんでした。ヒールのある靴は性別的にも慣れてませんので」
ははは、と苦笑しつつ柊也がそう言うと、「あぁ」と一瞥してライエンが、小憎たらしい顔でぷぷっと吹き出す様な笑い方をした。
(うん、コイツはっきり言ってムカつくね。根はいい人かもとか、一瞬でも思った僕がバカだったわ)
笑顔のまま柊也がイラッとしていると、ライエンはスッと腕を横に上げ、大きな扉を指差した。
「アレの先に居るのが【孕み子】ですよ。結界が何重にも張られていてワタシ達は中へ入る事が出来ないので、ここからは【純なる子】だけでお進み下さい」
現時点でもう、張られた結界の影響で肌がビリビリとするライエンは、機嫌が悪いのも重なって、不快そうな顔をしている。
「この先に……」
柊也は指さされた先に視線をやり、大きな扉の前に立った。豪奢な細工がされた木製の扉はよく見ると二頭のドラゴンが番の様に寄り添う様子が彫られている。その彫物が何処かで見た図柄な気がして柊也は『どこで見たんだ?』と首を傾げたのだが、隣に寄り添っていたルナールが即座に答えをくれた。
「トウヤ様のブレスレットと同じ柄ですよ」
「あぁ!それで」
両手を軽く上げ、銀色をしたブレスレットと扉とを見比べる。
「もしかして、このブレスレットを贈ってくれたのって——」
「はい。ユランですよ、トウヤ様」
「……ねえ、もしかして……ルナールはずっとその事を知っていたの?」
あの時ウネグは、誰からの贈り物だと言っていただろうか?と不思議に思いながら、柊也が隣に居るルナールの顔を見上げる。すると彼は、ちょっと切なそうな笑みを浮かべていた。
「……ルナール?どうしてそんな顔を——」と、柊也が言いながらルナールへ手を伸ばした時、急に彼は体を強く押されてしまい、背中を扉へと叩きつけられた。
「うわっ!」
強い衝撃を感じ、驚きの声を柊也があげた。何が起きたのか分からず、慌てて前を向く。するとライエンが酷く驚いた顔をしながら、ルナールと体を重ねているのが目に入った。
(何?どうしたの?何でライエン王子は、そんな顔をしてるんだろう?何でそんなにルナールにくっつく訳?……正直気持ち悪いな)
柊也はそんな事を考えながらも、視界に入る全てが不思議とスローモーションに見える気がした。そして今度は、コマ送りされていくみたいにルナールの体が真っ直ぐには立っていられなくなり、床へと倒れていく。その様子を、柊也はただ呆然と見ていた。
「……ル、ルナール?」
ルナールの姿が、立っている柊也の視界から消え、短剣を片手に握ったライエンの姿が目の前に現れた。
「ワ、ワタシは悪くないぞ⁈コイツが勝手に!」
王子とは思えぬ言葉を吐き捨て、ライエンは柊也を逆恨みしている様な眼差しで睨みつける。
(……え?待って……何でルナールは、倒れたの?その……短剣はいったい——)
訳が分からず、柊也がその場にへたり込む。下がった視界の先には、地面にうつ伏せで倒れるルナールの姿があった。