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#バトル
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空詩
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今三人が居る幽閉塔は全てが石造りで作られていて、絨毯なども敷かれていない為、室内はとても無機質な感じがする。築年数が古いせいで、ところどころ崩れている箇所もある。二十六年もの間、此処に人が暮らしているというのに、廃屋の様な空気が拭えない。掃除はきちんとされていて埃っぽさは無いのだが、余計な物はあまり置かれておらず、絵画や彫刻といった美術品が廊下を飾ったりもしていないせいか、ガランとしていて少し寂しい。
そんな空間で今、ルナールの体が冷たい石造りの床に倒れている。 見た感じ血は出ていない様だが、ピクリとも動かず、起き上がる気配も無い。
「……ル、ルナール?ルナール!」
自分が見た事をいまいち処理し切れないまま、床へとへたり込んでいた柊也が、這う様にして倒れるルナールの元へ向かった。
「どうしたの?ルナール!」
二人から少し離れた位置に立っているライエンも、自分の意図とは違う結果になってしまったみたいに動揺し、短剣を片手に持ったまま体を震わせていた。一歩、二歩と後ろに下がり、頭を横に振りながら、
「ワタシは【純なる子】を狙ったんだ……彼じゃ無い、彼じゃ無い、か——」 と、ボソボソ呟いている。
「……トウヤ、さま……」
「ルナール!大丈夫?」
うつ伏せだった体を、ルナールはうめき声を軽く漏らしながら回転させて、仰向けになった。
「ジッとしてて、今誰か——」 と言った柊也の言葉を、ルナールが自分の口元に人差し指を当てて遮った。
「不要ですよ。今はそれどころでは無いでしょうしね。彼を……どうにか、しないと」
か細い声でそう言われても、柊也は納得など出来る訳が無かった。
「な、何で……僕の剣を持っていたよね?何で抜かなかったの?」
「……お二人とも傷付ける訳には、いかないので」
ため息混じりに囁き、ルナールの瞼がゆっくりとおりていく。
「……え。待って、寝ちゃだめだよ!死亡フラグ立っちゃうじゃん!」
慌ててかけられた言葉に対し、ルナールがクスッと笑った。
「ルナール!」
柊也がルナールの上半身を抱き上げ、何度も名前を呼ぶ。だが、彼の瞼は開く気配が無く、スッと血の気が引いたかと思うと、花弁が散っていく様に体が崩れた。
「…………え?」
ルナールの着ていた深緑色のローブと衣類だけが腕の中に残り、腰に下げていた柊也の長剣が石造りの床にカランと落ちる。花弁は空気の中へと消えて無くなり、一枚の木の葉だけがはらりと残った。
何が起きたのか理解出来ず、柊也は硬直している。——だが、その様子を見ていたライエンは、ホッとした様な顔をして大声で笑い始めた。
ライエンの言葉が理解出来ず、柊也はゆっくり顔をあげて彼を見た。
「我が民に手を上げてしまったかと焦ったが……。あぁ、ホッとしたよ」
額に手を当てて、ふぅとライエンが息を吐く。その所作はとても優雅なものだったが、短剣を持っている為、柊也にとって警戒対象である事には変わりない。油断している隙に何とかルナールにあげた剣を——と思い手を伸ばしたが、残念ながらすぐに気が付かれてしまった。
「動くな。この距離ならば、柄に収まったままの剣を抜くより先に、ワタシがお前を仕留める方が確実に先だぞ?」
ニタリとした笑みと攻撃的な眼差しを見て、柊也はやっと彼が何者であるのかを理解した。
「……貴方は、まさか……記録院で襲って来た襲撃犯じゃ?」
「あははははは!今更気が付くとか、お前はバカだな!」
ムカつくほど語気の荒い『バカ』を投げつけられ、流石に温厚な柊也でもカチンときた。だがやり返すにしても、ライエンの言う通り、今から自分が剣を取って抜いても間に合わないのは明らかだ。
ならばせめて時間稼ぎを——と思ったが、稼いでどうする?助けなんか来るのか?一階に居るジェスが様子を見に来てくれる可能性はどれだけあるんだろうか……。
——必死に色々考えるが、『コレなら』という答えが見付からず、柊也の気持ちが焦る。
(無駄かもしれないけど、考える時間くらいは得られるかも)
そう思った柊也は、ダメ元で疑問点をライエンに投げかけてみた。
「何故、自分で襲撃を?記録院の警備がどれだけ強力でも、魔物を召喚して、その隙に従者のフリをして同行させた別の人を動かすくらい、『王子様』なら出来るだろうに」
「アサシンを何故使わなかったか、か。バカにしてはいい質問だな。答えは簡単だ。ワタシが民を深く愛しているからだよ」
そう言って、ライエンは自身の胸をバンと叩いた。だが、どんな流れでそうなるのかわからず、柊也の頭に疑問符が浮かぶ。表情を変えぬまま柊也がジッとしていると、ライエンは勝手に言葉を続けた。
「国に所属し、『アサシン』の職を担ってくれる者達は、良くも悪くも深い愛国心に満ちた者達だ。そんな彼等に【純なる子】を殺せなど、言える訳が無いだろうが!【孕み子】を救い、結果的には国に繁栄をもたらす存在を殺せと言われて、動くと思うか?国の為なら何でもする彼等が、不利益になる行為をする訳がなかろうが!」
「……た、確かに」
迫力ある言葉に柊也が素直に頷く。
「バカなお前はどうせ、『どうして自分が死なねばならないのか』も、わかっていないんだろうなぁ」
「……現状維持を願う者。それが貴方なんでしょ?」
よく気が付いたなぁバカのくせに、と言いたげにライエンが目を大きく開けた。
「あぁ、そうだ。冥土の土産ってやつに教えてやろうか」
そう言って、ライエンが手の中で短剣をくるりと回す。ぎゃあぎゃあ言うと無駄に怒りを買いかねないと思った柊也が引き続き黙っていると、ライエンは勝手にペラペラと話し始めた。
「ワタシは両親にも愛され、国民からも慕われる存在だ。そうなるよう、そうであっても恥ずかしくない為の努力も、生まれてからの二十年間ずっと続けてきた。帝王学から始まり、多種多様な知識を身に付け、剣技を磨き、『金獅子の王子』として生まれたが故に持つ『百獣の王』としての、『召喚士』としての資質も国の為に日々向上し続けている。——なのに……なのにだ。兄さんは、兄さんは……ただそこに居るだけでろくに努力もしていないのに、民から気遣われ、両親の関心を引き、呪いが無くなれば『長男だ』という理由だけで『国王』だと⁈そんな事が許せると思うか?全ての者から愛されるべきなのはワタシだ!愛しているのはワタシなのだから、『国王』として、次に民の愛を一身に受けるべきはワタシなんだ!」
怒号に近い声をあげ、演説でもするような身振り手振りをつけながらライエンが熱く語る。
「【純なる子】が死ねば、兄さんはこのままずっと、一生幽閉塔に閉じ込められる。そうなれば、このままワタシは全ての愛を得られるんだ。お前さえ死ねば……お前は邪魔だ!」
「で、でも!【孕み子】はその国に繁栄をもたらすんでしょ?解放した方が、もっと国の為になるのに、『国王』になりたいのならば、自分の欲よりも優先すべきは国益では?」
言った後で、柊也は後悔した。コレ絶対逆鱗に触れる系だ、と。
だがライエンは柊也に向けて失笑しただけだった。『これだからバカは……』と言いたげな顔を柊也へと向け、鼻で笑った。
「我がルプス王国は世界最古の王国だ。だが、【孕み子】が誕生したのはこれが初めてのケースでもある。つまりは、あんなもん居なくたってこの国は育つし、繁栄し続ける事が出来るだけの資源も資質も持っているのだ。『呪い』の邪魔があろうとも、そんなモノに負ける国民だとワタシは思わない。我々ならば必ずこの苦難を乗り切れる。この二十六年が既にそれを証明した!——よって、結局どう足掻いたって、お前は邪魔でしかないんだよ!」
ライエンはそう言うなり、『もうお前に話すことなど無い!』と言わんばかりの勢いで短剣を持つ手を振り上げて、柊也に向かって切りかかってきた。
柊也はルナールの衣類を握りしめ、床を蹴って滑る様にその場から離れ、辛うじて最初の攻撃を回避する事に成功した。だが、ドレスが短剣の切っ先に触れていたのか、一部が切れて、ハラリと落ちた。
「……相変わらず、カンだけで回避しやがって。だが、その格好では前の様には出来まい!もうお前は終わったも同然だな!」
全ての民心が確実に離れる様な狂気じみた顔で、ライエンがまた短剣を持つ手を高く持ち上げた。
柊也など所詮は素人だ。適当に振り回そうが殺せる。そんな余裕がライエンからは感じ取れる。
座ったままの状態で、足だけでじわじわと後ろに下がり、柊也が腕の中にあるルナールの服を強く抱き締める。
『ルナール助けて!』
そう叫びたいが、頼る相手はもういない。自分でこの状況を全て変えねばならないんだ。
(……だけど、どうやって?)
武器も無ければ、叫んだって一階まで聞こえるかどうかも怪しいというのに。
そう考えただけで、柊也の体がガタガタと震え、眦からは涙がポロポロと零れ落ちた。
(男だろ! しっかりしないと)
だが、柊也は戦士でも無ければ勇者でも無い。違う世界から飛ばされて来ただけの一般市民だ。
打開策など全く浮かばぬまま、ただひたすら距離を取る為に後ろへ下がり続けていたのだが、とうとう背中が扉にドンッとぶつかってしまった。
「残念だったな、もう逃げ場は無いぞ」
カツン、カツンと靴音を鳴らしながら、ライエンがゆっくり柊也へと近づいて行く。
余裕の笑みを浮かべ、美しい錦糸の様な金髪をさらりと揺らす。白地の高級な布に金糸を使った立派な私服に身を包み、革製のブーツは汚れ一つついていない。歩く姿は背筋が伸びていて綺麗だし、高貴なオーラをただそこに居るだけで放っている。
……だけど、どんな格好をしていようが、両親に似た見目麗しき姿をしていようとも、もう柊也には彼の姿が狂気殺人鬼にしか見えなかった。
「もう終わりだ。この世の不純物よ。ゴミの様な人間でしかないお前は——死ねぇぇぇ!」
柊也の前に立ったライエンはそう言うと、高く掲げていた短剣を、柊也の頭上へと振り落とした。
『ルナール‼︎』
瞼を強く瞑り、柊也は心の中で愛しい人の名を叫んだ。
最後に想うのが彼だった事に、少しだけ救われた気がした。どれだけ自分がルナールを愛していたのかを、今更ながら思い知らされた気がする。
「……——流石に、この辺にしておきましょうね」
だが、この声をきっかけに事態は一転したのだった。