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放課後。
空き教室。
日下部は英語のプリントとにらめっこしていた。
「まだ終わらないんですか」
ドアを開けた相談者が聞く。
「終わる気配がない」
「顔が死んでます」
「英語に殺されてる途中」
相談者が少し笑う。
向かいの席に座った。
「今日は?」
相談者はすぐには話さない。
しばらく窓の外を見ていた。
それから小さく口を開く。
「最近、幸せそうな人見ると苦しくなることがあるんです」
日下部は目を向ける。
「へえ」
「カップルとか、友達同士で楽しそうな人とか。SNSでも、普通に笑ってる写真とか」
少し間。
「別に嫌いじゃないんです」
視線が落ちる。
「嫌なことがあったわけでもないし、その人たちに何かされたわけでもない」
短く息を吐く。
「でも、なんか苦しくなるんです」
教室が静かになる。
「腹立つ?」
相談者は少し考える。
「いや」
首を振る。
「羨ましいの方が近いです」
「なるほど」
日下部は頷く。
「でも、こんなこと思うの最低だなって」
「何で」
「幸せそうな人見て苦しくなるなんて」
少し間。
「性格悪いじゃないですか」
日下部は少し考える。
「その人が不幸になればいいと思う?」
「思わないです」
「じゃあ」
短く言う。
「性格悪いとは違う」
相談者は黙る。
「幸せそうな人見ると苦しい時って」
日下部は続ける。
「その人の幸せが眩しいんじゃなくて」
少し間。
「自分の足りないところが見える時なんだと思う」
相談者は顔を上げる。
「足りないところ」
「一人でいたくない、誰かと笑いたい、大事にされたい、安心したい」
短く言う。
「そういうの」
相談者は黙る。
「だから」
日下部は言う。
「幸せそうな人を見て苦しくなるのは」
少し間。
「自分にも欲しいものがあるってことかもな」
相談者は小さく頷く。
「俺、何かが欲しいだけなんですかね」
「たぶんな」
窓の外から部活帰りの笑い声が聞こえる。
「あと」
日下部は言う。
「幸せそうって、外から見た印象だからな」
相談者は顔を上げる。
「うん」
「人間、しんどそうな写真はあんまり載せない。ケンカした日とか、泣いた日とか、気まずかった日とか」
少し間。
「わざわざ見せない」
相談者は苦笑する。
「確かに」
「だから」
短く言う。
「他人の幸せな瞬間と、自分の全部を比べると負ける」
相談者は黙る。
「俺」
少し考える。
「勝手に負けてました」
「一人で試合始めてるな」
相談者は吹き出した。
「確かに」
しばらく静かな時間が流れる。
「幸せそうな人を見るのが嫌になる時もあります」
「離れていいと思う」
日下部は言う。
「ずっと見続ける必要ない」
少し間。
「眩しい時は、目を休ませるのも普通」
相談者は小さく笑った。
「サングラスみたいですね」
「心のな」
立ち上がる。
「俺、嫌な人間になったんだと思ってました」
「羨ましいだけかもな」
日下部は言う。
「それと悪人は別」
ドアが閉まる。
幸せそうな人を見ると苦しくなる。
それは誰かの幸せを憎んでいるからではなく、自分の中にも、「本当はこうなりたかった」という願いがあるからなのかもしれない。
コメント
1件
このエピソード、すごく沁みました。「幸せそうな人を見ると苦しくなる」――自分の足りなさが見えるからだ、という日下部の解釈が優しくて。SNSの写真は「わざわざ見せない」っていうのも、ほんとその通りで。最後の「羨ましいだけかもな」と「悪人は別」がじんわり来ました。会話だけでここまで心情を描けるの、構成が巧みだなと。続きが気になります。