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放課後の探偵社は、珍しく静かだった。
燈は奥で電話中、澪はソファで資料を読み直している。
真琴は机に腰掛け、玲の作業を眺めていた。
玲は、事件ごとに付箋を貼ったファイルを開いている。
「黒瀬恒一の件だけ、扱いが違います」
淡々とした声。
「どう違う?」
真琴が聞く。
「“疑われ方”が統一されている」
「悪い意味で?」
「はい」
玲は一枚の調書を示す。
「この証言、本来なら曖昧さが残るはずです。
記憶違い、時間のズレ、言い回しの揺れ」
「でも?」
「全部、修正されています」
澪が顔を上げる。
「修正?」
「書き直しではなく、“選別”です」
玲は続ける。
「使える部分だけ残して、
疑義が出そうな部分は最初から記録されていない」
燈が通話を切って戻ってきた。
「それって、捜査としては普通じゃね?」
「普通です」
玲は即答した。
「一件だけなら」
真琴が腕を組む。
「連続してる?」
「三件、同じ判断基準です」
玲は、資料を重ねて机に置いた。
「同じ人間が、同じ“完成形”を想定して動いている」
「黒瀬を犯人にする完成形?」
「いえ」
玲は首を振る。
「“犯人が誰でも成立する形”です」
一瞬、空気が変わった。
澪が小さく息を吸う。
「それって……」
「黒瀬恒一は、その枠に一番収まりが良かった」
真琴は、少しだけ目を伏せる。
「選ばれた、って言い方もできるね」
「はい」
玲は否定しなかった。
燈が苛立ったように髪をかく。
「じゃあ何だよ。警察が嵌めたって言いたいのか?」
「言いません」
玲は静かだ。
「嵌める必要はなかった。
“他の可能性を使わなかった”だけです」
真琴は、机から降りた。
「それ、立証できないよ」
「できません」
「じゃあ
疑う理由にもならない」
玲は、そこで初めて目を上げた。
「だから、この事件は安全です」
澪が眉を寄せる。
「安全?」
「誰も責任を問われない」
沈黙。
真琴は、少し笑った。
「……ほんとに、嫌な事件だね」
燈が吐き捨てる。
「だったら忘れろよ。終わってんだろ」
「終わってる」
真琴は頷く。
「終わってる事件を、
わざわざ壊す理由はない」
玲は、ファイルを閉じた。
「では、ここまでにします」
澪も立ち上がる。
「次の依頼、どうします?」
真琴は、ドアの方を見た。
外はもう暗い。
「普通のやつ」
その言葉に、誰も異を唱えなかった。
ただ、机の隅に置かれた
「黒瀬恒一」の名前入りファイルだけが、
まだ戻されていなかった。
——破綻はない。
だからこそ、触れてはいけない。
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