テラーノベル
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#成り上がり
#死に戻り
#ハッピーエンド
114
七日前の朝は、昨日までと同じ顔をしていた。
同じ薄曇り。同じ湿った木の匂い。同じようにモルリが入口近くで鍋を鳴らし、ヌバーがまだ集まっていない相手にまで「誘ってるんですけど」と手を振っている。
けれどサベリオだけが、まるで前夜のまま取り残されていた。事故は止めた。舞台もつないだ。それでも夜は自分を拒んだ。その理由を、もう見ないふりはできない。
午前の作業をひと通り終えたあと、サベリオはシェルター裏の小さな物干し場へ向かった。板壁の向こうでは、サラが洗ったカップを布で拭いている。雨が来る前の光の中で、白い湯気だけがのんびりと立ち上っていた。
「顔、よくないね」
サベリオが声をかける前に、サラが言った。
逃げ場のない言い方だった。サベリオは苦笑して、木箱に腰を下ろす。
「そんなに分かる?」
「うん。眠れてない人の顔と、何かを諦めようとしてる人の顔が半分ずつ」
サラは二つ目のカップに温かい茶を注ぎ、黙って差し出した。湯気に薬草の匂いが混じる。口をつけると少し苦くて、そのあとにやさしい甘みが残った。
「聞いてほしいことがある」
やっとのことでそう言うと、サラはうなずきもせず、ただ手を止めた。
サベリオは途切れ途切れに話した。うまくいった夜ほど、朝が遠のくこと。誰も怪我をしていないのに、自分だけが零時十三分で夜に押し戻されること。外側の問題が片づいても、胸の奥の何かだけが残っていること。
サラは驚かない。笑いもしない。ただ、言葉の途切れる場所を急かさず待ってくれた。
「僕、町を出るつもりだったんだ」
自分の口からその言葉が出た瞬間、サベリオは初めて胸の痛みの形を知った。
「祭りが終わったら、もう少し大きな町の整備の仕事を探そうって。ここにずっといるのは、甘えてる気がしてた」
手の中のカップが、少しだけ鳴る。
「好きな場所を好きだって言ったら、そこから逃げられなくなる気がしてたんだと思う。残れなかった時、もっとつらいから」
サラはそこで初めてこちらを見た。
「逃げ道を残すために、先に好きなものを手放してたの?」
サベリオは答えられない。けれど、その通りだった。
デシアの夢を応援するのは簡単だった。仲間の困りごとを拾い集めるのもできた。けれど、自分がどこに立っていたいかを言うことだけは、ずっと怖かった。
「残りたいなら、残りたいでいいよ」
サラは静かに言った。
「残るって言った瞬間に、一生縛られるわけじゃない。けど、言わないままだと、今のあなたはどこにも立てない」
板壁の向こうで、誰かが笑った。シェルターの中では、またいつもの準備が進んでいる。
サベリオはその音を聞きながら、長く息を吐いた。
どこで生きたい。
そんな単純な問いを、これまで誰にも向けたことがなかった。誰かの背中を押す手ばかり使って、自分の胸に触れるのを避けてきた。
茶はもうぬるくなっていた。けれど飲み切る頃には、今までより少しだけ、自分の声が遠くなくなっていた。
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