テラーノベル
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その回数を少しでも減らすことができるなら、とうちは今回の縁結びの儀を受けることにした。それはお父さんだけではなく、塚森家全体の養女であるうちへの要望でもあったわけだったのだが……。
それは別に構わない。塚森家の人達は基本、うちには優しいし、親切に接してくれる。みんなが喜んでくれるなら、うちだって嬉しい。
だけど――一つだけ、うちは気がかりなことがあった。言うべきか言わないでおくか、少し迷ったが、
「あんな、お父さん。一つだけ、確認してええ?」
結局、うちは尋ねることにした。
「童ノ宮の神様とご縁を結んだら――うちはいつの日か、神さまの世界に連れていかれるってホンマ?」
一瞬、お父さんの顔が無表情になった……ように感じられた。ほんの二秒か、三秒。それから短い沈黙が流れて、
「……まあ、端的に言えばそうだね」
そう答えたお父さんの声は明るかった。
「だけど、それは、キミカが神様のところに行くのは、今からずっと先のことだよ。大人になって、お母さんになって子供を育ててお婆さんになって――とにかく、ずっと先。だから、そんな顔をしなくていいんだ」
思わずうちは自分の顔に片手で触れる。お父さんに気をつかわせるほど、不安そうに見えたのだろうか?
「神様のところって……、前にお話してくれた天狗道のことなん?」
「よく覚えていたね。そう、天狗道。……そこがどんな世界なのか、塚森家に伝わる古文書にも具体的な描写はないけれど、そこは苦しみも痛みもなく、神様に帰依した者達がただ寄り添い合うとでも静かな場所だと伝えられてる」
「寄り添い合う……。仲良しってことやろか……?」
「そうだね。そう言うことだとお父さんも思うよ」
そう言ってお父さんはニッコリと笑った。胸の奥がジンワリ温かくなるような、とても優しい笑顔だった。
「だから、いつかはキミカも――お父さんの両親や上の妹、それに奧さんだった人とも友達みたいになれるかも知れないね。そうなってくれるといいんだけどなぁ」
「……うちも。仲良くできたら嬉しい」
本心だった。数年前、この家に迎えられるまでうちはいつも不潔で真っ暗で狭くて不愉快な場所にずっとひとりぼっちで閉じ込められていた。いつもお腹を空かせていた。そして、いつも泣いて怒っていた。そこでそのまま朽ち果てることと比べれば――、神様に連れて行かれる方が何百倍もマシだからだ。
「……じゃあ、早速神様に話しかけてみようか」
お父さんがまた、うちに言った。
「宿題にしていた唱え事、ちゃんと暗記してる?」
「えっと……」
今度はうちが言葉に詰まる番だった。
人間が口を使って話す言葉は、基本的に神様には聞こえない。神様と話をしたい時は心を使って話をする必要がある。その時、余計なことを考えたり、思ったりするとそれは雑音になり、神様にとってはすごく耳障りになるらしい。最悪、拗ねたり、怒りだしたりするそうだ……。
お父さんから教えてもらった唱え事をうちは一生懸命覚えた。『御穴』ではメモとかを持ち込めないって言われたから、ノートに何度も書いて必死で。だけど、いざ、実際に唱える段になると綺麗さっぱり忘れていた。
「……あ、ああ、ド忘れしちゃったか。……まあ、こういう緊張を伴う場面ではよくあることだから気にしなくていいよ。お父さんもよく儀式で祝詞を忘れちゃうからね」
うちがモジモジしていると、事情を察してくれたお父さんが苦笑交じりに言う。
「それにこう言っちゃなんだけど唱え事って言うのは、文言を一字一句、正確につむぐよりもそれを唱えることで心を落ち着かせ、一つのことに集中するほうが重要だ。唱え事に呼吸を乗せ、雑念を払い思考や感情を一方向に向ける。……分かるかな?」
「……あんまり。……ごめん」
お父さんに申し訳ない、と思いつつもうちは素直に答えるしかない。
「まあ、実践を重ねて慣れるしかないね。御祈祷に限らず何事も」と、肩をすくめるお父さん。「お父さんが先に真言を奏上するから、キミカは後から追いかけてみて?」
大きく息を吸い込み――、ゆっくりと時間をかけて吐き出してゆくお父さん。それに合わせている内に自然とうちの呼吸も整えられてゆく。
すっとお父さんは目の前で両手を重ね合わせ――、掌のなかで左右の指を交叉させてゆき、その状態で人差し指を立てて合わせ、親指で薬指の付け根を押さえつける。不動根本印と呼ばれる印相だ。それから低く振動するような声でお父さんが唱え事を唱え始めた。
オン アロマヤ テング スマンキ ソワカ。
オン ヒラヒラ ケン ヒラケンノウ ソワカ。
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