相談室の沈黙がしばらく続いたあと、少女が小さく肩をすくめた。
「……あの、私、明日……ちょっとだけ話しかけてみようかな」
 遥は目を見開いた。
 「話しかける?」
 「うん……ほんの一言でもいいから。無視されてるのはつらいけど、何もしなければ、ずっとこのままだから」
 少女の手はまだ微かに震えていたが、その指先には小さな決意の光が見えた。
遥は少し笑った。無理に明るく見せるわけじゃなく、自然に口から出た。
 「そうだな。ちょっとだけでも、行動してみるのは悪くない」
 「でも……もしまた無視されたら、どうしよう」
 声が震える。恐怖と不安で、胸がいっぱいになっているのがわかる。
 「……そしたら、そのときはまた耐えればいい」
 遥の言葉は淡々としていたけれど、確かに力があった。
 「失敗しても死ぬわけじゃない。声をかけただけで、何かが変わるかもしれない。それだけでも前に進んだってことだ」
 少女は少し目を潤ませ、でも頷いた。
 「……うん、わかった。やってみる」
 夕陽が相談室の窓から差し込み、二人を優しく照らす。
遥もまた、胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。
――誰かに気づいてほしい。
でも、まずは自分で行動してみる。小さな勇気でも、確かに意味はあるのだ。
 少女は立ち上がり、少し背筋を伸ばした。
 「ありがとう、遥。……話せてよかった」
 その言葉には、まだ不安が残っていたけれど、確かな希望も含まれていた。
 遥は軽く頷き、椅子に戻る。
自分もまた、同じように少しずつ、怖さを抱えながら前に進むしかない。
それでも、誰かに必要とされる瞬間を信じて、息をしていればいい。
 ――明日、少女がほんの一言でも声をかけられたなら、それだけで世界は少し変わるかもしれない。
それを信じるために、今日も二人はこの静かな相談室で、少しだけ心を重ねたまま、沈黙を共有していた。
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