次の週、栞は再び『貝塚こころのクリニック』を訪れた。
予約時間の少し前に到着して待合室の椅子に座っていると、近くにいた50代くらいの女性が話しかけてきた。
「あなた…先週ここで倒れたお嬢さんよね? もう大丈夫なの?」
突然話しかけられたので栞は驚いたが、女性の心配そうな表情を見て笑顔で答えた。
「はい、大丈夫です。念のためにもう一度受診するように言われたので」
「それは良かったわ! あの時の貝塚先生、頼もしかったわよねぇ。あんな場面は初めて見たから、ほんと驚いたわ」
「ご心配をおかけしてすみません……」
すると、今度は栞の隣に座っていた40代くらいの女性が口を開いた。
「貝塚先生って有能よねぇ。おまけに、イケメンで優しいし。患者にきちんと向き合って、とことん話も聞いてくれるしね。だから、このクリニックは人気でいつも混んでいるのよ」
反対側に座っていた20代の男性も会話に入ってきた。
「僕はいろいろな病院を渡り歩いてきたけど、ここが一番信頼できるって思います。貝塚兄弟は、どちらも本当にいい先生ですから」
栞は、男性が言った『貝塚兄弟』という言葉を聞いて、不思議そうな顔をした。
それに気づいた50代の女性が、こう説明してくれた。
「このクリニックの跡継ぎは、お兄さんの方の誠也(せいや)先生なの。誠也先生もとってもいいお医者様だけど、弟の直也先生はさらに人気でね。でも、直也先生は普段は大学病院にいるから、ここには週一回しか来ないのよ。だから、あなたラッキーだったわね」
すると40代の女性が言った。
「直也先生は、私のつまらない話にもちゃんと耳を傾けてくれるから、すごく信頼できるの。話を聞いてもらうだけで、すごく心が軽くなるんだもの」
その時、奥の診察室から突然大きな叫び声が響いた。
「うぉぉおぉぉぉーっ! どうせ俺なんか死んだほうがいいんだ! わぁぁーっ!」
診察室からは、壁に体当たりするようなガタンガタンという大きな音が響き、待合室にいた患者たちは、思わずビクッとして身を硬くした。
栞がびっくりして怯えていると、50代の女性が安心させるように言った。
「あの子はね、たまにああなるの。切ないよねぇ…まだ10代なのに…….」
その言葉を聞き、栞は今日このクリニックへ来た時、診察室へ入っていく青白い顔をした青年の姿を思い出した。
痩せて覇気のない青年は、母親とともに第一診察室へ入っていった。
叫び声は、その部屋から響いている。
その時、第二診察室のドアが開き、白衣姿の直也が姿を見せた。
直也はすぐに第一診察室のドアを開け中へ入った。
ドアが開いた瞬間、青年の叫び声が待合室まで漏れてきた。
そこで、40代の女性が栞にこう説明してくれた。
「あの子は、多分減薬の途中なのよ。薬を減らしていく段階で、ああいった症状が出ることがあるのよ。私も昔そうだったから……」
その説明を聞いた栞は、前回の診察で直也から言われた言葉を思い出した。
『これはおまじないみたいな感じだから、本当にしんどい時だけ飲むようにしてね』
そこで栞は、初めてその言葉の意味を理解した。
直也が第一診察室へ入ると、青年の叫び声はピタリと止んだ。
代わりに、諭すような直也の低い声が診察室から漏れてくる。青年は、その声に素直に耳を傾けているようだった。
しばらくすると、診察室からはすすり泣きが聞こえてきた。その声には、青年の深い悲しみと、やり場のない怒りが込められているようだった。
聞いているだけで、思わず胸が締め付けられる。
それから五分ほどして、直也が第一診察室から姿を現した。
彼は自分の診察室へ戻る前に待合室へ立ち寄り、患者たちに向けてこう言った。
「お騒がせしてすみません。彼は本来、とても優しい子なんです。だから、彼が診察室から出てきたら、どうか温かい目で見守ってあげてください」
直也は深く一礼してから、自分の診察室へ戻って行った。
その時、50代の女性が感慨深げに言った。
「ほらね、本当に優しいでしょう? あんな先生、他にはいないよ」
40代の女性も頷きながら言った。
「本当にそう。思い遣りに溢れてるわ」
すると、今度は20代の男性が、深く頷きながら言った。
「先生、かっこいいよなぁ。ほんと頼りになるって感じ!」
栞はみんなの言葉を聞きながら、密かに感動していた。
それと同時に、こう思った。
やり場のない心の叫びを上げていた青年に対し、直也は一体どんな言葉をかけたのだろうか?
どうやってあの青年の心に寄り添い、彼の深い悲しみを癒すことができたのだろうか?
患者に真剣に向き合う直也の姿勢には、精神科医としての揺るぎない信念が感じられた。
栞は、そんな直也に対して、尊敬の念が静かに湧き上がってくるのを感じていた。
その後、青年は母親に付き添われて診察室から出てきた。
彼の顔色は、先ほどよりもぐんと良くなっていた。まるで憑き物が落ちたような表情をしている。
待合室の人々は、青年が戻ってきてもあえてそ知らぬふりをしていた。
自分が好奇の目で見られていないことに安心した青年は、会計を待つ間、とても穏やかな表情で静かに母親と言葉を交わしていた。
コメント
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私生活では女癖が....だけれど💦🤭 精神科医としては とても有能、一人一人の患者さんの心に寄り添い 優しく評判の良い先生なのですね✨ 先生も 患者さんたちも優しく温かくて....🍀 栞ちゃん、 良い病院で 素晴らしい先生とめぐり逢えて 良かったね🏥
直也さんは一人一人の患者さんに寄り添いながら暖かい声かけをしてくれてるのかな。 患者さんからの信頼が厚いって医者としても人としても深みがあって暖かい素敵な人なんだろうな。 栞ちゃん、直也先生と出会えて良かった😆 自分の人生を見つめ直す気付きを与えてくれた先生だもん。 受診がドキドキしちゃう🤭
直也先生〜(*>∀<)ノ゛ お待ちかねの栞ちゃんの通院日ですよ〜♡ 有能で評判の高い直也先生に、栞ちゃんは尊敬の眼差しを向けてますよ〜。 間違っても女癖の悪さ、露呈しちゃ駄目ですよ〜。 過去は墓場まで持って行きましょうね〜。 あっ、直也先生!! 栞ちゃんの通院日に備え、今日のおパンツはおNEWですか〜?(´`ิิ艸`ิิ )