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放課後。
教室には部活帰りの声が遠くから聞こえていた。
相談者は窓際の席に座り、校庭を眺めている。
「俺、昔のことばっかり思い出すんです」
遥は参考書を閉じる。
「どんなこと」
「嫌だったことです」
少し間を置く。
「失敗したこととか、言われたこととか、恥かいたこととか」
視線が落ちる。
「楽しかったことはあんまり思い出せないのに、嫌だったことだけは何年経っても出てくる」
教室が静まる。
「急に思い出すんです」
相談者は苦笑する。
「授業中とか、風呂入ってる時とか、寝る前とか。何のきっかけもないのに、その時のことが頭の中で始まる」
少し黙る。
「終わったことなのに、まだ終わってないみたいで」
沈黙。
遥は相談者を見た。
「思い出すと」
短く。
「どうなる」
「その時の気持ちに戻ります」
一拍。
「恥ずかしくなったり、腹が立ったり。何であんなことしたんだろうとか、何で何も言い返せなかったんだろうとか」
小さく息を吐く。
「今さらどうにもならないのに」
教室が静まる。
遥はしばらく考えていた。
「思い出したいわけじゃない」
「全然」
相談者はすぐ答えた。
「できれば忘れたいです。でも勝手に出てくる」
遥は静かに頷く。
「忘れられないことと」
一拍。
「忘れられてないことは少し違う」
相談者は顔を上げる。
「どう違うんですか」
「記憶は残る」
遥はゆっくり言う。
「でも」
少し間を置く。
「終わった出来事になることはある」
教室が静まる。
相談者は黙って聞いていた。
「終わってないように感じる時は、その時に言えなかったことや整理できなかった気持ちが残ってることもある」
一拍。
「だから何度も戻ってくる」
相談者は視線を落とす。
「確かに」
小さくつぶやく。
「あの時、本当は悔しかったとか悲しかったとか、そういうこと考えないようにしてました」
遥は机に手を置く。
「考えないようにしたものは」
少し間。
「消えるとは限らない」
教室が静まる。
相談者は何も言わない。
遥は続ける。
「押し込めたままになることもある」
沈黙。
「じゃあ」
相談者は尋ねる。
「一生このままなんですか」
遥は首を横に振る。
「同じ記憶でも」
一拍。
「見え方は変わる」
相談者は少し首を傾げた。
遥は続ける。
「昔は、思い出すたびに苦しかったことが 時間が経つとそこまで揺さぶられなくなることもある」
教室が静まる。
「記憶が消えるんじゃなくて」
少し間。
「今の自分が少しずつ変わる」
相談者は長く息を吐いた。
「俺」
少し笑う。
「忘れようとすることばっかり考えてました」
遥は鞄を肩にかける。
「忘れることだけが」
一拍。
「前に進む方法じゃない」
窓の外では、部活を終えた生徒たちが校門へ向かって歩いていた。
昔の嫌な記憶は、消そうとするほど、かえって頭に浮かんでくることがある。
それは、弱いからでも、前に進めていないからでもない。
心のどこかに、まだ言葉になっていない気持ちが残っているだけなのかもしれない。
コメント
1件
第17話、読み終えました。冒頭から「嫌だったことだけは何年経っても出てくる」という言葉に深く共感しました。私自身もふとした瞬間に昔の記憶がよみがえって苦しくなることがあるので。特に「忘れることだけが前に進む方法じゃない」という遥さんの台詞が心に残っています。押し込めるのではなく、少しずつ今の自分が変わっていくという考え方に、じんわりと救われるような温かさを感じました。優しくて繊細な一話、ありがとうございます🌷
#一次創作
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