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机を囲んでいた数人の女子たちが、わざとらしくため息をついた。
「ねえ……さっきの顔、マジで無理なんだけど。あれ見て飯食えるやついる?」
「しかもさ、あれで“見てほしくない”とか言ってんのウケるよね。じゃあ顔隠して来いよ、マジで」
遥は何も言わなかった。目を伏せて、教科書の文字を追っていたが、内容は頭に入ってこなかった。
「てか、こいつさ。体育のとき、めっちゃ見てたよね? ◯◯くんの裸。あれ、マジでやばくない?」
「うわ、それ本当? ……マジで、変態じゃん。うわー、そういう目で見てたんだ?」
「うん。てかさ、ああいうのって“我慢してるつもり”なんでしょ? 気持ち悪いよね。バレてないと思ってるんだ。全部バレてるのに」
「そうそう、隠せてないし。なんか、呼吸とか荒くない? ていうか……股のとこ、いつも不自然に隠してんじゃん?」
笑い声が跳ねる。教室の空気が冷たく波打った。
「ほんとにさあ……去勢とかしてもらったほうがいいんじゃない? そのほうが生きやすいよ、マジで」
遥のこめかみがぴくりと動いた。
「それか、女の子の制服着せて、トイレも別にしてあげれば? あ、でも女子トイレも嫌がるか。だったら一人で便所済ませてくれたら助かるんだけど」
「うん。あと……気持ち悪いから保健室で着替えてくんない? 一緒の更衣室、マジ無理なんだけど」
遥は唇を噛んだ。机の端に置いた拳が震えているのが、自分でもわかった。やめろ、と言えない。言ったら、それすら利用されるのがわかっていたから。
「てか、あんたってさ……生きてるだけで性犯罪、って感じなんだよね」
「わかる。歩き方とか、息の仕方とか、見てるだけで“そういう目”してるのがわかるもん」
「どうせさ、夜とか、自分のことキモいって泣きながら、でもやめられないんでしょ?」
沈黙が、遥の内側で爆ぜた。何かが、ひどく鈍い音を立てて壊れたような気がした。
それでも遥は声を出さない。ただ、奥歯を噛み締めて、耐えていた。
「……泣きたいの、あんたでしょ?」
誰かが囁くように言った。耳元で吐息のように。
「泣きながら、謝りたいんでしょ? “ごめんなさい、僕が汚れてるんです”って」
遥はその言葉に、ぎり、と机の角に爪を立てた。爪が割れそうなほど強く。
だが声は、まだ出さなかった。
それが、彼の最後の抵抗だった。