テラーノベル
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「やめて……って言えば、お前、やめてくれると思ってた?」
笑いながらそう言ったのは、蓮司だった。遥の顔をのぞきこむようにしながら、指先でその顎を軽く持ち上げた。抵抗しようとした遥の手は、もう空をつかむような弱々しさでしかなかった。
「人に見られたらやばいって顔してんじゃん。大丈夫、誰も来ねえし。お前のことなんか、誰も見ない。関わりたくないってさ、みんな。だってさ――気持ち悪いんだろ? お前」
そう言われた瞬間、遥の背中に、ぞわ、と冷たい汗が流れた。
その言葉は、何度も耳にしたことがあるものだった。でも、蓮司の声でそれを聞くと、なぜか余計に深く突き刺さる。
言葉は凶器になって遥の中で暴れ回り、肺の奥で息を奪っていく。
「だってお前、ちょっと触れられただけで震えるし、目もまともに見れないし、下向いて息止めてんの、丸わかりなんだよ」
さらに一人、女子が加わった。蓮司の取り巻きの一人だ。
彼女は笑いながら、遥の制服の襟元をわざと整えるようなふりをして、その喉元に触れた。爪の先でなぞるように――まるで、遥が「そうされるべき存在」であるかのように。
「こうされるの、好きなんじゃないの? そういう顔してんじゃん、いつも」
「――っ違、……やめ……っ」
「やめて、って言っても無駄じゃん。だって、お前、拒否の仕方も知らないでしょ?」
喉が引き攣る。
耳の奥がぼうっとして、世界の輪郭が崩れていく。
それでも、身体は覚えていた。触れられることの意味を。押さえつけられる感触を。拒む術を持たないまま、ただ屈服するしかなかった自分を。
「やっぱり気持ち悪いわ」
そう言いながら、蓮司が近づいてきた。彼の声は、他の誰よりも静かだった。
でもその静けさが、何よりも遥を冷やした。
「黙ってればいいと思ってるとこ、ムカつくんだよ。泣きそうな顔で、声ひとつ出さないで――なんかそれで全部済ませようとしてんの、ズルい。お前だけ、逃げたつもり?」
「逃げてなんか、ない……っ」
「じゃあ、ちゃんと責任取れよ。俺らがここまでしてんのに、何もしないって、おかしいだろ」
責任。
その言葉が遥の耳に落ちた瞬間、胸の奥のどこかが、ぬるりと崩れた。
拒まない自分。
反論しない自分。
差し出すようにしか生きられなかった自分。
それはきっと――自分が選んできた「罪」だったのだ、と。
「お前がそうだったから、こうなったんだよ」
「お前が無視しなかったら、誰もやらなかったよ」
「お前が“黙ってるだけの奴”じゃなきゃ、こんなに悪化してない」
声が連なっていく。
目の前の景色が、ゆっくりと白く滲んでいく。
何かが、限界を越えた。
音がしないのに、耳の奥で「決壊する音」がした。遥はただ、崩れ落ちるように膝をついた。
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