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窓の外は暗く、街の音もいつもより低かった。
カーテンの隙間から、遠くの光がぼんやり滲んでいる。
真白はソファに座り、ブランケットを膝にかけたまま、特に目的もなく天井を見ていた。
「今日は、やけに静かだね」
「そう?」
キッチンに立つアレクシスは、鍋の火を見ながら答える。
「外。車の音が少ない」
「そういう日もある」
「ふうん」
それ以上、真白は追及しなかった。
“そういう日”は、理由がなくても成立する。
鍋が温まり、湯気が立つ。
いつもと同じようで、少しだけ違う匂いが混じっていた。
「今日の、いつもと違う」
「気づいた?」
「うん」
「どこが?」
「……ちゃんとした味」
「失礼だな」
「褒めてる」
アレクシスは小さく笑い、火を止める。
食卓に並んだ鍋と、湯気。
それだけで、部屋は十分に暖かい。
「いただきます」
「どうぞ」
箸を伸ばし、真白が一口食べる。
「……おいしい」
「よかった」
「何かあった?」
「どうしてそう思う」
「アレクが、少し落ち着かない」
アレクシスは一瞬だけ、言葉に詰まる。
「……鋭いね」
「たまに」
食事を終え、片付けも済ませる。
いつもなら、そのまま夜が流れていく。
でも今日は、アレクシスが立ち止まった。
「真白」
「なに」
「少し、いい?」
「うん」
アレクシスは棚の下から、小さな箱と袋を取り出した。
片方はシンプルなケーキの箱、もう片方はコーヒー豆が入っている袋。
「これ」
「?」
真白は受け取り、しばらく眺める。
「開けていい?」
「どうぞ」
中には、コーヒー豆の袋。
「……これ」
「甘すぎないやつ」
「知ってる」
「飲み比べ用も入ってる」
「計画的だ」
「一人で考えた」
真白は箱を開け、ケーキを見て、少し固まった。
「……あ」
「嫌だった?」
「違う」
「じゃあ」
「びっくりした」
しばらく黙ったあと、真白は言う。
「俺、忘れてた」
「なにを」
「今日が、そういう日だって」
「だろうね」
「街が光ってた理由も」
「うん」
真白はケーキを見つめたまま、ぽつりと言う。
「こういうの、しなくてもいいと思ってた」
「俺は」
アレクシスは、少しだけ間を置く。
「一緒にいるなら、あってもいいと思った」
「理由は?」
「寒いから」
「それ、最近の万能理由?」
「今日は、特に」
真白は、少しだけ笑った。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
「でも」
「うん」
「派手じゃないのが、いい」
「狙った」
「狙ったんだ」
「真白向け」
「それは、甘い」
「ケーキより?」
「同じくらい」
コーヒーを淹れ、ケーキを分ける。
テレビはつけない。
静かな夜。
外では、何かを祝う音が、遠くで続いている。
「ねえ」
「なに」
「来年も、こういう感じ?」
「たぶん」
「忘れてても?」
「忘れてても」
「じゃあ、安心」
真白はマグを両手で包み、湯気越しに言った。
「俺、今日が特別かどうかは、正直わからない」
「うん」
「でも」
「うん」
「今は、あったかい」
アレクシスは、それで十分だと思った。
特別な夜は、声高に祝わなくてもいい。
理由がなくても、寒さに寄り添うだけで、成立する。
ケーキは小さく、夜は静かで、
二人の距離は、いつもより少しだけ近かった。
それだけで、この夜は、ちゃんと残る。