テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
朝の光は弱く、カーテン越しでも冬だとわかる色をしていた。真白はキッチンで湯を沸かしながら、ぼんやり窓の外を見ている。
「今日は、少し静かだね」
「昨日が、少しだけ賑やかだったから」
アレクシスはそう言って、マグを二つ並べた。
コーヒーの香りが、昨日の夜の名残みたいに漂う。
「ケーキ、全部食べきれなかった」
「無理しなくていい」
「でも、おいしかった」
「それなら十分」
朝は、特別な話題がなくても進む。
ただ、いつもと違うのは、アレクシスが何度か棚の方を気にしていることだった。
「……なにか忘れてる?」
真白が言う。
「いや」
「今の間は、忘れてる人の間だった」
「気のせい」
「じゃあ、俺の勘違い」
それ以上追及せず、真白はマグに口をつける。
少ししてから、アレクシスが立ち上がった。
「そうだ」
「なに」
「これ、ついで」
棚の下から出てきたのは、小さな無地の紙袋だった。
取っ手付きで、飾り気はない。
「……なにそれ」
「本当に、ついで」
「怪しい」
「怪しくない」
アレクシスは紙袋を差し出す。
「もらっていいの?」
「もらって困るものは入れてない」
真白は少し迷ってから、受け取った。
中を覗き、そっと取り出す。
「……手袋?」
「マフラーは乾くまで時間かかるから」
「理由、用意してたんだ」
「用意した」
手袋は、真白の好みより少し落ち着いた色だった。
派手ではない。けれど、あたたかそうだ。
「サイズ、合うかな」
「たぶん」
真白はその場で片方だけはめてみる。
「……あ」
「どう」
「ちょうどいい」
「よかった」
「ついで、にしては考えてる」
「考えてないと、寒い」
「万能理由」
「今の季節限定」
真白は、もう片方もはめて、指を軽く動かす。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「イベントじゃないよね」
「違う」
「記念日でもない」
「ない」
「じゃあ」
真白は少しだけ笑う。
「気にしなくていいやつだ」
「その認識で合ってる」
二人の間に、静かな時間が落ちる。
外では風の音がしている。
「ねえ」
「なに」
「寒くなったらさ」
「うん」
「また、理由つけていい?」
「いくらでも」
真白は手袋を外さず、マグを持った。
布越しの温度が、少しだけ違う。
派手な贈り物じゃない。
名前をつけるほどの出来事でもない。
でも、こういう“ついで”が増えていくことを、
真白は悪くないと思った。
部屋は静かで、外は寒い。
それだけで、今日もちゃんと冬だった。