テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
昼休みが終わる少し前、遥が教室へ戻ると、自分の机の周りに何人か集まっていた。
「遅」
「どこ行ってたんだよ」
「別に」
「その顔で別にって言う?」
誰かが笑う。
遥が席に着こうとすると、椅子を後ろから引かれた。
身体が止まる。
「座れないじゃん」
「座る必要ある?」
「……授業始まるから」
「だったら立ってろよ」
笑い声が重なる。
昨日、保健室にいたことを知っている連中だった。
「昨日倒れたんだって?」
「大げさだったらしいな」
「今日も顔死んでるけど」
「また保健室行けば?」
遥は何も答えなかった。
答えれば、そこからまた始まる。
黙っていれば終わることもある。
そう思っていた。
けれど、今日は違った。
「なんかムカつくんだよな、その態度」
「……」
「具合悪いなら帰れば?」
遥が顔を上げる。
「帰っていいの?」
一瞬、教室が静かになった。
次の瞬間、笑いが起きる。
「何それ」
「本気で聞いてんの?」
「お前さ、休んだら誰が相手すんの?」
「……」
「休んだら仕事できないじゃん」
その言葉に、別の男子が遥の肩を押した。
「ほら、仕事」
遥の身体が机にぶつかる。
「今日の分、まだ終わってないだろ」
「何の……」
「分かってんだろ」
また押される。
今度は背中からだった。
遥がよろけると、机の上の筆箱が落ちた。
「拾えよ」
遥はしゃがむ。
拾い終わる前に、足元の筆箱を蹴られた。
中身が床に散らばる。
「遅い」
「……ごめん」
「それ」
消しゴムを指差される。
遥が拾う。
「違う、それじゃない」
今度はシャーペン。
拾う。
「遅いって」
また別のものが蹴られる。
何度も同じことを繰り返させられる。
笑い声が続く。
「お前、ほんと便利だよな」
「何しても怒らねぇし」
「殴っても文句言わないんじゃね?」
「試してみれば?」
肩を掴まれる。
遥は反射的に身を固くした。
それを見た相手が笑う。
「ほら、もうビビってる」
「弱」
「昨日もこうだったの?」
「保健室で泣いてたりして」
「泣いてねぇよ」
遥が思わず返す。
「じゃあ泣かせてみる?」
空気が変わった。
遥は口を閉じた。
言わなければよかった。
いつもそうだった。
少しでも自分のことを言えば、それが次の材料になる。
「……やめとけよ」
誰かが言った。
遥が顔を上げる。
助けが来たと思った。
けれど、その男子は笑っていた。
「先生来たら面倒じゃん」
「それだけ?」
「だってこいつ、壊れたら使えなくなるだろ」
笑いが起きる。
遥は何も言えなかった。
仕事。
その言葉が頭に残る。
自分がここにいる理由が、それだけみたいだった。
何かを頼まれるため。
怒りをぶつけられるため。
嫌なことを押しつけられるため。
それができなくなったら、自分には何も残らない。
だから休めない。
だから帰れない。
だから、ここにいるしかない。
「ほら」
机を叩かれる。
「次、やろうぜ」
遥はゆっくり立ち上がった。
身体は重い。
それでも、逃げるという選択肢だけは最初からなかった。
コメント
1件
第40話、読み終わりました……。胸がぎゅっとなりますね。遥が「仕事」という言葉で自分を定義されてしまう描写が、本当に痛かったです。特に「帰っていいの?」と聞き返したあの瞬間、ほんの少しだけ抵抗したのに、逆に笑いものにされる感じ……。あれ、読んでいて息が止まりました。逃げる選択肢すらなくなる、あの感覚を丁寧に描いてくれるからこそ、応援したくなります。次が気になります。静かに次を待ってますね🌷