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夕方の光は、壁紙の汚れを静かに照らしていた。
リビングには、沈黙だけがあった。
テレビの電源は切られたまま、窓の外ではカラスの声が、どこか遠くで響いている。
最初に手を出したのは、陽翔だった。
何かを言いたげに息を呑み、視線を伏せた悠翔のその沈黙が、彼の神経を逆なでした。
「黙ってると、腹が立つんだよ」
そう吐き捨てるように言って、拳が飛んだ。
頬を打つ鈍い音が、部屋の空気を割る。
次に、蓮翔が立ち上がった。
兄の動きに釣られたように。
理由なんてなかった。
ただ、自分の中にこびりついた焦燥と苛立ちを、どこに向ければいいのかわからなかった。
「……いつまで下向いてんだよ」
低く言いながら、胸ぐらを掴む。力が入りすぎて、息が詰まる音がした。
隣で、蒼翔が笑った。
その笑いは冷たく、どこか壊れかけていた。
「やめとけよ。こいつ、殴っても反応しねぇんだから」
そう言いながら、悠翔の背を蹴り上げる。
床に手をついた瞬間、木のささくれが掌に刺さった。
「……ごめん」
それだけが、かすれた声で漏れた。
兄たちは、それぞれ別の方向を見ていた。
陽翔は壁を、蓮翔は拳を、蒼翔は笑いを。
誰も「何をしたのか」を見ようとしなかった。
ただ、それぞれが自分の苛立ちから逃げるように、彼を見下ろしていた。
夕陽が沈む。
部屋の奥に、影が沈殿していく。
誰も動かない。
その静けさの中で、悠翔だけが、小さく息をしていた。