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スーパーの自動ドアが開くたび、冷たい空気が足元を撫でた。
アレクシスはかごを手に取り、無意識に肩をすくめる。
平日の昼と夕方の間。
人は多くないが、棚の一角だけが妙に賑やかだった。
赤と緑の包装。
リボン。
小さな焼き菓子の箱。
――やっぱり、ここか。
真白は、こういう売り場に自分から近づかない。
嫌いなわけじゃない。ただ、発想にない。
だから、これは完全に“アレクシスひとりの計画”だった。
カートを押さず、かごだけにしたのは正解だったかもしれない。
必要以上に目立たない。
「……小さめでいい」
独り言は、棚に向けて落とす。
大きなケーキは要らない。
二人分。切り分けなくていいサイズ。
一つ手に取って、また戻す。
甘すぎるかもしれない。
真白は、甘いものは食べるが「重い」のは苦手だ。
次は、飲み物の棚。
いつものコーヒー豆の横に、限定のブレンドが置いてある。
「……香り、強いな」
袋を軽く押し、空気を抜く。
悪くない。
むしろ、夜向きだ。
かごの中に入れたあと、少し迷って、
もう一つ、ミルク多めに合いそうな豆も足した。
――飲み比べ、って言えば自然か。
言い訳を用意する癖は、もう長い。
次は、鍋用の食材……ではなく、
その隣の棚にある、ちょっと高いスープの素。
「これなら、寒い理由で通る」
理由は大事だ。
真白は理由があると、疑問を持たない。
小さなキャンドルも目に入ったが、
一瞬で視線を逸らした。
――停電じゃないと、不自然。
代わりに、間接照明用の電球を思い出す。
家に予備はあったはずだ。
レジに向かう途中、棚の端にある小さな紙袋を見つける。
無地で、取っ手付き。
「……これは」
かごに入れて、少しだけ胸の奥がざわついた。
使うかどうかは、まだ決めていない。
会計を済ませ、エコバッグに詰める。
上から見えないように、配置を考える。
ケーキは底。
コーヒー豆は横。
紙袋は、いちばん奥。
外に出ると、空気はさらに冷たかった。
息が白くなる。
「……寒いな」
それは、嘘じゃない。
でも今日は、それだけじゃない。
帰ったら、いつも通りに振る舞う。
特別なことは言わない。
ただ、少しだけ、部屋を暖かくして。
真白が首を傾げるくらいの、変化でいい。
袋の中で、紙袋がかすかに鳴った。
アレクシスは、それを聞こえなかったふりをして、歩き出す。
この計画は、まだ秘密だ。
少なくとも、明日までは。