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昼休みのチャイムが鳴る少し前。屋上の鍵は、なぜか開いていた。
鉄の扉を閉める音が背後で鳴った。逃げ道は断たれていた。遥は振り向かない。わかっていた。誰が、どんな顔をしているか。
「来んの、早すぎじゃね?」
「待ってたんだよ、ねぇ遥?」
靴の音が近づく。足元に影が三つ、四つ、重なって揺れる。柵に背中を預けた遥は、それでもまだ目を逸らさなかった。だが、喉は乾ききっていた。息をするたび、肺の中まで火照って痛い。
「お前さ、さっき職員室で一人で何話してた?」
「……別に」
「“別に”って何? 言えよ。誰にも言ってませんって、証明してもらわないとさ」
頬を叩かれるような声だった。言葉というより音の暴力。だが、それ以上に重いのは「視線」だった。全身をなぞるように這いずりまわる、軽蔑と嘲りと警戒の混合物。
「やっぱさ、こいつ気持ち悪いよな」
「うん。顔見てると虫酸が走る。なんかさ、“女っぽい”んだよ」
「でもさ、女っていうより、“使えないメス”って感じ? なあ、遥。自分でもそう思ってるだろ?」
遥の指先が微かに震えた。それを見逃さず、笑い声が弾ける。
「ほら。図星」
「お前が嫌われてる理由、言ってやろっか?」
声が一つ、耳元で囁いた。
「まず、喋り方が気持ち悪い。空気読まない。人の顔色見て、媚び売ってるくせに、どこかで自分のこと“特別”だと思ってる。そういうの、ほんと無理」
もう一人が続ける。
「それに、“哀れな被害者ぶってる自分”が好きだろ? 守ってほしいんだろ? でもさ、誰もお前なんか守らねえよ。だって、お前、自分から“壊される”方選んでんだもん」
遥の中で、何かが音を立てて、軋んだ。
「しかも、ちょっと優しくされたら、すぐ依存する。そういうとこ、吐き気すんだよ。お前の全部が、“誰かに許されたい”って顔してんの。お前なんかに、許される価値あると思ってんの?」
遥は、やっと口を開いた。
「……わかってるよ」
声はかすれていたが、怒っていなかった。ただ、やけに静かだった。
「全部、おれが悪いんだろ」
笑いが止んだ。
遥は自分の手を見た。指の関節が赤く腫れていた。噛んだ痕。自分で、つけた傷。
「気持ち悪いのも、ズレてるのも、おれが弱いからだって、わかってる」
「だったら、もっとちゃんと“役に立て”よ。せめて、お前の価値、見せてみろよ」
「――わかったよ」
遥は柵から背を離した。影がざわついた。
だが遥は、にやけた笑みさえ浮かべながら言った。
「どうせ使い捨てのオモチャなら、ちゃんと壊してくれよ。中途半端にすんな。うっとうしいから」
笑い声と、一瞬の沈黙。
次の瞬間、誰かの手が、遥の襟を掴んでいた。