テラーノベル
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昼前。
席に着いた瞬間、後ろから頭を叩かれる。
軽くじゃない。
確認みたいに、はっきりした音。
「立て」
すぐ。
間を与えない。
遥は立つ。
同時に、左右と前から手が出る。
腕を掴まれる。
肩を押される。
中心に引き出される。
椅子が足に当たる。
バランスが崩れる。
「倒れんなよ」
笑いながら言う。
支えない。
倒れたらそれも材料になる。
立ち直る。
その瞬間、机が一つ前に出される。
距離が詰まる。
逃げ場が消える。
「はい、やるぞ」
誰かが手を叩く。
パン、と大きい音。
合図になる。
一斉に声が出る。
バラバラに。
重なる。
「俺の名前言え」
「昨日何したか言え」
「今何考えてる」
「さっき何で遅れた」
「誰に迷惑かけた」
同時。
順番はない。
どれに答えても、他が残る。
遥は口を開く。
「……えっと、昨日は」
「誰が昨日だよ」
横から首を押される。
向きを変えられる。
視線を固定させない。
「俺のだろ先」
「違う、今だろ」
声が重なる。
近い。
耳元で言われる。
音が潰れる。
意味が分からなくなる。
「……今は」
「何が今だよ」
胸を軽く押される。
後ろに一歩下がる。
すぐに背中が机に当たる。
逃げ場はない。
「遅い」
頬を叩かれる。
乾いた音。
「質問変わってんの分かんねえの?」
また声が増える。
「誰に迷惑?」
「名前言えって言ってんだろ」
「昨日何で逃げた」
逃げた、で笑いが強くなる。
単語だけで確定する。
遥は口を動かす。
「……全員に、迷惑かけた」
言い切る。
一瞬だけ、間ができる。
拾われる。
「全員って誰」
すぐ刺される。
「ちゃんと名前言えよ」
具体を強制される。
曖昧を許さない。
遥は視線を動かす。
誰を先に言うかで変わる。
選ぶ間がない。
「……えっと、」
詰まる。
その瞬間、腹に蹴りが入る。
強くはない。
でも確実に息が止まる。
「止まるなって」
笑いながら言う。
痛みと呼吸が重なる。
思考が切れる。
「……田中、」
一人出す。
すぐ次が来る。
「俺は?」
「俺は入ってねえの?」
声が重なる。
距離がさらに詰まる。
肩がぶつかる。
押される。
「……みんな」
戻す。
さっきの言い方に逃げる。
「それさっき聞いた」
即座に否定される。
同じ答えは使えない。
ルールがその場で増える。
「別の言い方しろ」
抽象を具体に。
でも具体は尽きている。
遥は口を動かす。
「……クラスの、全員」
「だから誰だよ」
頬をもう一度叩かれる。
さっきより強い。
音が大きい。
周りが笑う。
「逃げんな」
単語が刺さる。
逃げている、で固定される。
「昨日何で逃げた」
別の声。
角度が変わる。
背中を押される。
前に出る。
すぐに胸を押されて戻される。
行き場がない。
「……怖くて」
出る。
一番短い理由。
それしか出ない。
一瞬の沈黙。
次の瞬間、笑いが爆発する。
「何が怖いの?」
詰める。
「俺ら?」
距離がさらに近くなる。
顔が近い。
逃げられない。
「……違う」
反射で否定する。
ズレる。
すぐ拾われる。
「違うのに逃げたの?」
矛盾が作られる。
「じゃあ何」
言葉が詰まる。
出ない。
「ほら」
腹をもう一度蹴られる。
今度は少し強い。
膝が揺れる。
でも倒れさせない。
腕を掴まれている。
「答えろって」
耳元で言われる。
音が近すぎて割れる。
「……分かんない」
出る。
それしか出ない。
その瞬間、空気が変わる。
笑いが一段上がる。
「分かんないんだ」
面白がる声。
「じゃあ教えてやるよ」
誰かが言う。
後ろから首に腕が回る。
締めるほどじゃない。
でも逃げられない形。
「お前が遅いからだろ」
耳元で言われる。
断定。
理由が上書きされる。
「お前が空気壊すから」
別の声。
重ねる。
「だから迷惑なんだよ」
結論。
全部が一本になる。
遥は息を整えようとする。
うまく入らない。
でも口を開く。
「……ごめん」
出る。
短い。
一番早く終わる言葉。
「何に対して?」
すぐ来る。
終わらせない。
「……迷惑、かけて」
「だから何が」
繰り返しになる。
抜け出せない。
同じ場所を回る。
「ちゃんと言えよ」
頬を掴まれる。
強く。
顔を固定される。
「お前が何したか」
具体を強制される。
遥は言葉を探す。
出てくるのは、さっき言ったもの。
でも使えない。
新しく作るしかない。
「……遅れて、空気、」
途中で遮られる。
「遅れて“何”」
精度を上げさせる。
逃げ場を削る。
「……空気を悪くした」
言い切る。
それが一番近いと思う形。
一瞬の間。
でも全員が同じ反応をする。
「それな」
笑い。
肯定。
でも終わらない。
「じゃあ直せよ」
すぐ次に繋がる。
方法を要求される。
「……早く、動く」
出る。
一番単純な修正。
「さっき遅かったけど?」
即座に潰される。
現実で否定される。
逃げ道がなくなる。
「今ここでやれよ」
指示に変わる。
即時。
猶予なし。
「質問来たら一秒で答えろ」
ルールが増える。
誰かが指を立てる。
カウントの準備。
「いくぞ」
同時に声が飛ぶ。
また重なる。
「何歳」
「昨日何食った」
「誰が一番嫌い」
「今何考えてる」
一秒。
処理できない。
一つを選ぶ。
「……十六」
出す。
年齢。
一番確実なやつ。
「はい遅い」
頬を叩かれる。
即罰。
「全部答えろって言ってんだろ」
無理な条件が提示される。
でも否定はできない。
もう一度。
声が増える。
さっきより多い。
近い。
速い。
「早く」
「遅い」
「何してんの」
言葉が意味を持たなくなる。
音になる。
圧になる。
遥は口を動かす。
単語が混ざる。
「……十六、パン、えっと、」
自分でも分からない順番。
「は?」
笑い。
「ぐちゃぐちゃじゃん」
評価じゃない。
即座に背中を押される。
前に倒れかける。
膝で止める。
「ちゃんとやれよ」
また来る。
終わらない。
同じ場所に立たされたまま。
(遅い)
頭の中で固定される。
(ちゃんとできてない)
繋がる。
(迷惑)
結論になる。
外からの声と、内側の言葉が同じになる。
区別が消える。
次は、合わせる。
そう思うしか残らない。
でも、
何に合わせればいいかは、最後まで分からない。
コメント
1件
うわ……読んでて息が詰まった。ずっと圧がかかってる感じで、一瞬も逃げ場がないんだよね。質問が重なって、どの答えも使えなくされて、ルールがその場で増えていく感じがすごくリアルで怖かった。最後の「何に合わせればいいかは、最後まで分からない」ってところが、すごく刺さった。自己肯定感が音を立てて削られていくのが分かる……ruruhaさんの描く空気感、ほんとに凄いです。