テラーノベル
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ドアを開けて入ってきた相談者は、やけに静かだった。
「今日、機嫌どう」
「俺の?」
「うん」
「普通」
「そっか」
相談者はそれだけ聞いて、少し肩の力を抜いた。
「今ので分かるだろ」
蓮司が言う。
「うん」
「だいぶ影響受けてる」
「受けてる」
椅子に座る。
「俺さ」
「うん」
「朝、教室入った瞬間」
「うん」
「誰かの顔見る」
「見るな」
「で」
相談者は指で机を軽く叩いた。
「今日の空気、決まる」
蓮司は頷く。
「誰基準」
「だいたい一人」
「中心人物」
「うん」
「機嫌いいと?」
「平和」
「悪いと?」
「地獄」
相談者は笑ったが、笑ってない。
「俺、そいつの天気で動く」
「天気予報」
「毎日」
少し沈黙。
「自分の機嫌は?」
蓮司が聞く。
「後回し」
「常に?」
「常に」
相談者は天井を見た。
「別にさ」
「うん」
「殴られるとかじゃない」
「うん」
「ただ」
「?」
「空気が変わる」
蓮司は頷く。
「それが一番効く」
「分かる?」
「分かる」
「露骨じゃないのがさ」
「逃げ場ないな」
相談者は息を吐く。
「俺、機嫌いい日作るの得意なんだよ」
「周りの?」
「うん」
「気遣い」
「そう」
「空気整備」
「そう」
少し間。
「で」
「うん」
「自分の機嫌、どこ行った」
蓮司はすぐに答えない。
「置いてきたな」
「どこに」
「最初に空気読んだ日」
相談者は苦笑した。
「いつだよ」
「覚えてないだろ」
「覚えてない」
蓮司は机に肘をついた。
「誰かの機嫌で一日決まる人さ」
「うん」
「優しいんじゃない」
「違う?」
「安全確保が上手い」
相談者は少し止まった。
「……それ」
「サバイバル能力」
「褒められてる?」
「半分」
「もう半分は」
「疲れる」
相談者は頷く。
「めちゃくちゃ疲れる」
「だろうな」
「でもさ」
「うん」
「やめると、空気悪くなる」
「なるな」
「俺が調整役やめたら」
「荒れる」
「それが怖い」
蓮司は少しだけ考えて言った。
「全部背負うな」
「無理」
「分かってる」
相談者は笑う。
「無理」
「だから」
「?」
「一日一回、自分基準で動け」
「一回だけ?」
「最初はな」
「何を」
「誰の顔も見ずに決める行動」
相談者は考える。
「例えば」
「帰る時間」
「……できそう」
「それでいい」
少し沈黙。
「俺さ」
「うん」
「機嫌悪い人見ると」
「うん」
「自分が悪い気する」
「関係ない」
「分かってる。でもなる」
蓮司は頷く。
「癖だ」
「治る?」
「薄くはなる」
「どうやって」
「全部自分のせいにしない練習」
相談者は苦笑した。
「難易度高い」
「高い」
「でも」
「うん。やらないと一生、天気予報」
相談者は立ち上がる。
「今日」
「うん」
「俺、帰る時間」
「うん」
「自分で決める」
「いいな」
「誰の顔も見ずに」
「それだ」
ドアの前で止まる。
「なあ」
「なに」
「今の俺」
「うん」
「ちょっとだけ、自分基準?」
「なってる」
相談者は小さく笑った。
「じゃあまあ」
ドアが閉まる。
誰かの機嫌で生きるのは、
優しさじゃなくて生存技術だ。
でも一日一回、
自分基準に戻れると、少しだけ呼吸が戻る。
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