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朝が来た。
カーテンを開けなくても、外が晴れていることはわかっていた。
鳥の声、どこかの部屋のテレビ音、人の気配。すべてが、いつもの日常を装っていた。
しかし――今日は、違った。
チャイムが鳴った。まるで時計の針と連動しているかのように、秒単位で正確に。
悠翔は立ち上がったが、扉へ向かう足は意識と乖離していた。
インターホン越しに映った顔は、陽翔だった。
昔と変わらぬ整った顔立ち。けれど、その目だけが、どこか「演出」に満ちている。
「開けろよ。兄弟だろ」
静かな命令だった。
扉を開けた瞬間、陽翔は軽く笑って言った。
「……なんだよ、顔。ほら、着替えとけよ。“撮る”から」
手には、台本のようなメモと、小型のカメラ。もう一方の手には、見慣れた形の麻の縄が巻かれていた。
「蓮翔と蒼翔、もうすぐ来る。セット組むから、ベッド動かしといて」
悠翔は、黙ってうなずくことすらできなかった。ただ、背中を向けて、静かにベッドの位置をずらした。自分の意志ではなく、身体が“従う”ように動いてしまっていた。
陽翔は室内を一瞥し、笑いながら言う。
「大学生らしい部屋してんな。まあ、これが“奴隷の控室”になるわけだけど」
陽翔はテーブルに台本を置き、スマホを三脚に固定し始めた。
数分後。蓮翔と蒼翔が現れる。
蓮翔はお菓子とジュースを片手に、蒼翔は無言で折り畳まれた布と手錠を持っていた。
悠翔は一歩、後ずさる。だが、その空気を、蒼翔が一言で切り裂く。
「動くな。いつも通り、やるだけだろ?」
空気が凍る。あの、中学の教室の、体育館裏の、物置の――あの音と視線と匂いが、すべて蘇る。
陽翔が台本を読み上げた。
「第一幕。“ご褒美と罰”。カメラはこの角度で、背景に洗濯物とか写らないように。声、ちゃんと拾ってな」
そして、蓮翔が手にしたスマホを向ける。
「じゃ、始めよっか。“大学生になった元奴隷くんの近況報告”」
蒼翔が悠翔の手首を掴み、椅子へ無理やり座らせる。その一連の行動すら、もう演出として自然だった。
カメラの赤いランプが点灯する。
「どうも、天城悠翔です。今日は、兄たちのご褒美タイムに付き合います」
陽翔の声が、後ろから被さる。
「おい、それじゃ笑えねぇよ。中学んときみたいに言え。“僕は奴隷です”って」
沈黙。
だが次の瞬間、カメラの向こうに向けて、悠翔の唇がかすかに動いた。
「……僕は、奴隷です」
その瞬間、過去の映像が頭の中で炸裂する。
体育館の倉庫で、衣服を裂かれ、記録されていた映像。
教室のロッカーに詰め込まれ、必死で息を殺していた映像。
トイレの個室で、水を浴びせられながら「誰にも言えないよな」と囁かれていた音声。
それらすべてが、大学の世界に移植されようとしている。