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最初の異変は、ゼミ室の空気だった。
話しかけられない。
それはいつものことだった。
だが、その「沈黙」には、別の種類の視線が混じっていた。
見ている。知っている。確かめている。
教授が出してきた資料プリントに、手を伸ばした瞬間。
向かいの女子学生が、スマホを机に置いたまま、画面を隠さずにいた。
そこには、サムネイルが映っていた。
【奴隷くん再起動シリーズ01】
#家庭調教 #再教育 #感謝の儀 #大学バレ間近?
悠翔は手を止めた。
彼女は、目を合わせない。ただ、唇の端がほんのわずか、動いたように見えた。
それは笑いだったかもしれないし、吐き気だったかもしれない。
悠翔には、もう区別がつかなかった。
廊下を歩けば、すれ違う学生たちが、ひと呼吸遅れてこちらを振り返る。
一人がすれ違いざまに呟いた。
「まじで本人だったよね、あれ……やば」
別の誰かが言う。
「てか、顔出しじゃん。あれ通報とか大丈夫なん?」
「いや、家族公認ってコメあったよ。“演出です”って。まあ、ガチっぽいけど」
それは軽口だった。だがその一言一言が、悠翔の中で“重り”となって、肺に沈む。
学食では、席が空いていても、誰もそこに座らない。
レジの女子職員が小声で言う。
「……あの子が“例の”じゃない?」
「うん、動画の。髪型も服も同じだったし……ねえ、なんかこわくない?」
レジを通り過ぎたトレーの上に、何かがこっそり置かれていた。
リボンだった。
首に巻かれていたものと、同じような、白い蝶ネクタイ。
それは誰の仕業かわからなかった。ただ、「知っている誰か」が、ここにもいるという事実だけが、悠翔の胃を掴んだ。
サークルのLINEグループ。通知が鳴り止まなかった。
【閲覧注意】やばい動画見つけた
悠翔ってあの子だよね?
本物??????
これ何プレイ?てか自分から出してんの?兄弟共演やばwww
悠翔が画面を閉じようとしたとき、直接メンションが飛んできた。
@悠翔くん 事実なら、サークル的にも困るので、対処よろしくお願いします
(人権配慮のため削除依頼しておきますが、あくまで“自発的”ということで)
逃げ場はなかった。
否定しても、沈黙しても、ただ、空気が“既に確定した事実”として彼を囲んでいた。
「バレた」のではない。
「演出された通りに信じられた」のだった。
そして、それは今後も続いていく。
なぜなら、“シリーズ01”というタイトルの後に、“02”や“03”が待っていることを、誰よりも悠翔自身が知っていたからだ。