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依頼人は、机の前で背筋を伸ばしたまま動かなかった。真琴は、用意していた資料を一枚ずつ差し出す。言葉は選んだが、曖昧にはしない。
「まず、はっきり言います。今回の件は、刑事事件でも、明確なハラスメント認定でもありません」
依頼人の指が、少しだけ動いた。
「ですが」
真琴は続ける。
「“何もなかった”わけでもない」
玲が補足する。
「評価の過程で、事実確認が省略されました。問題を小さく扱うために、個人の資質として整理された」
「その結果」
澪が静かに言う。
「説明も、反論の機会も、最初から用意されなかった」
燈が腕を組んだまま言う。
「誰かが狙って潰した、って話じゃない。でも、“切っていい”って判断は、確実にあった」
依頼人は視線を落とした。
「……じゃあ、誰が悪いんですか」
真琴は、少し間を置いた。
「特定の誰か、ではありません」
「構造、です」玲。
伊藤が、柔らかく言葉を足す。
「同じことは、他の部署でも起きています。珍しい話ではありません」
燈が一瞬、伊藤を見るが、何も言わない。
真琴は依頼人に向き直る。
「私たちの結論は、こうです。
あなたの人生が壊れた理由は、事実ではなく、“評価”が先に共有されたから」
「そして、その評価を覆す手段が、用意されなかった」
依頼人は長く息を吐いた。怒りでも涙でもなく、ただ重たい息だった。
「じゃあ」
依頼人は言った。
「どうすればよかったんですか」
「本来なら」
澪が答える。
「評価が作られる前に、具体的な事実確認が必要でした」
「でも、それは」
燈が続ける。
「もう戻らない」
沈黙。
真琴は、はっきりと言った。
「今回、私たちにできるのは、理由を“見える形”にすることだけです。
誰も悪くない、ではなく、何が起きたかを、言葉にする」
依頼人は、資料を一枚手に取った。
そこには、淡々とした時系列と説明が並んでいる。
「……納得、できるかは分かりません」
そう前置きしてから、依頼人は言った。
「でも、“分からないまま”よりは、いい」
立ち上がり、深く頭を下げる。
「ありがとうございました」
ドアが閉まる音が、静かに響いた。
「これで、一件落着か」
燈が椅子に座り直す。
「探偵社としてはね」真琴。
玲は資料をまとめながら言った。
「被害は、確かに存在した。でも、事件ではなかった」
澪は何も言わず、伊藤の方を見た。
伊藤はいつも通り、穏やかに書類を整えている。順番も、構成も、迷いがない。
——この結論に至るまでの道筋を、最初から知っていたかのように。
澪は視線を外した。今は、言葉にしない。
探偵社としての結論は、もう出ているのだから。