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依頼人が去ってから、事務所はしばらく静かだった。燈が最初に口を開く。
「……後味、悪いな」
「事件じゃないからね」
真琴は苦笑する。
「スパッとは終わらない」
玲は淡々と書類を閉じた。
「でも、依頼内容は果たしている。理由の説明と、構造の整理」
「依頼人が求めてたのは」
澪が言う。
「誰かを罰することじゃなかった」
「自分が“おかしくなかった”って確認」
燈。
真琴は頷いた。
「それができたなら、解決だよ」
数日後、依頼人から短い連絡が入った。
《部署を辞めることにしました。ただ、逃げるつもりはありません。理由を説明できる資料を、次の場所で使います》
真琴はそれを読み上げる。
「前向き、って言っていいのかな」
「少なくとも」
玲が言う。
「切り捨てられたままではない」
燈は腕を組んだ。
「でもさ。同じこと、また起きるぞ」
「起きる」
真琴は否定しない。
「だからこそ、言葉にする意味がある」
澪は窓の外を見ながら言った。
「“事件じゃない被害”は、説明されないと、存在しないことになる」
「今回みたいに」
玲が続ける。
「形にすれば、残る」
燈は舌打ちした。
「地味な仕事だな」
「探偵業だから」
真琴は笑った。
「派手じゃなくていい」
伊藤が、いつもの調子で言った。
「報告書、依頼人用と保管用、分けておいた」
「ありがとう」
燈はちらっと伊藤を見る。
「なあ、伊藤さん」
「はい?」
「こういう案件、前にも見たことある?」
伊藤は少し考えるふりをしてから答えた。
「ああ。何度か」
「多い?」
「多いな」
伊藤は穏やかに言う。
「“事件にしない判断”は、どこにでもあるから」
燈はそれ以上聞かなかった。
玲が時計を見る。
「次の依頼まで、少し時間がある」
「じゃあ」
真琴は立ち上がる。
「片付けしよっか」
澪は資料の一部を手に取った。評価表、簡潔な言葉、説明のない結論。
——これを作った人は、今もどこかにいる。
そう思ったが、澪はファイルを閉じた。
今は、探偵社としての仕事は終わっている。
「解決、だな」
燈が言う。
「表向きはね」
誰も否定しなかった。
事務所には、いつもの日常が戻る。ただ一つだけ、澪の中に残った違和感を除いて。