テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
録画開始。
「じゃ、いこうか。ナンバリング、今回は“再教育03”。」
蓮翔がカメラに向かって笑顔をつくる。軽く指を立て、演者とスタッフ両方のテンションを司る司会者のように言った。
「はい、おはようございます。奴隷くん、今日もご指導、よろしくお願いします」
蒼翔がすかさず補足する。「※今回は“反抗期明け”設定です」
悠翔は目を伏せた。反射的に喉が震えるが、声は出ない。
彼の肩に、陽翔が静かに手を置いた。
「台詞。最初のやつ」
喉が焼けるように痛んだ。水が飲みたい。息が詰まりそうだった。
それでも口を動かす。動かさなければ、終わらない。
「……ぼ、僕は……天城悠翔、奴隷です。きょ、今日は……奉仕の日……です」
「もっと笑って」蓮翔が笑いながら指示を出す。「あの頃と同じ“顔”で」
蒼翔が手鏡を取り出し、悠翔の目の前に突き出した。そこには、涙のにじんだ自分の顔が映っていた。口元は引きつり、目の奥は死んでいる。
「“忠誠”のポーズ、できるよな?」
蒼翔が目で合図を送ると、陽翔が後ろから悠翔の両腕を取った。肘を無理やり引かせ、腰を折らせる。床に額がつくまでの土下座。それはもう「形」ではなく、「型」に近かった。
「じゃ、次は反省文。例の件な」
蓮翔が再びメモを読み上げる。「中2のときに兄たちに歯向かった“事件”の再現。動画用だし、やれるよな?」
陽翔が用意していた薄い金属バンドを取り出し、悠翔の手首に固定する。
何かを締めるたび、心が小さく折れていく音がした。
「……僕は、昔……兄たちの命令を無視して、逃げようとしました。けれど、それが間違いでした。あれから、反省しました。だから……もう、逆らいません」
「声が弱い。言い直し」
「録画してるから、NG出すときちゃんと“ピッ”って入れるよ」
「背筋伸ばして、“もう一度お願い”って言ってからね」
兄たちの声が、マニュアルのように飛び交った。
悠翔の瞳に、大学の廊下で見た人影、図書館の席で無言で後ろに立った誰か、突然拒否されたレポートグループ――その全てが断片的に浮かび上がる。
いつからだ?
いつから“大学”が、また“舞台”になっていたのか。
「……もう一度、お願いします」
「OK。次は“感謝の儀”。定番だよな」
陽翔が白いリボンを取り出し、悠翔の首元に蝶ネクタイのように巻く。
蒼翔は小道具のカチンコを鳴らした。
「よーい、アクション」
悠翔は、笑おうとした。
声にならないまま、喉がかすれた。何かを言おうとしたが、唇が震えて言葉にならない。
それでも笑おうとした。唇の端だけを、筋肉で無理やり引き上げた。
「ありがとう、ございます。兄さんたち、僕を……見捨てないでくれて」
「次、ラスト。“名前”呼びと締めな」
「はい……。あおと、はると、れんと、……ありがとう。僕を、“再起動”させてくれて」
その言葉の意味を、彼は本当に理解していなかった。ただ、言わされただけだった。
だが兄たちは満足げだった。
「カット。編集して、今週の“アップ用”にするわ」
蓮翔がスマホを操作し、録画を停止した。
蒼翔が機材を片づける間も、悠翔はずっと床に座り込んだままだった。リボンも縄も外されないまま。陽翔だけが、静かに彼に耳打ちする。
「来週、別バージョン撮るから。台本、送っとく。忘れんなよ、“奴隷くん”」
兄たちはそれぞれ、持ち込んだ道具を手に、悠翔の部屋を出ていった。
玄関が閉まる。
音は、先ほどと同じ重さだった。
だが、悠翔の耳には、檻の鍵が閉まる音にしか聞こえなかった。