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「“どうせ自分なんか”ってさ」
ぽつりと零した声は、思ったより軽かった。
軽いからこそ、本人の中で何度も繰り返されてきた言葉だと分かる。
「気づいたら口癖になってる。失敗しそうなときとか、褒められそうなときとか」
日下部はすぐには相槌を打たなかった。
机に肘をついたまま、少し首を傾ける。
「……先に言っとく感じ?」
「うん。言っとけば、傷つかないかなって」
自分で言って、少しだけ苦く笑う。
その笑いは、防御の形をしていた。
日下部は視線を外さず、でも睨むこともなく続けた。
「それ、謙遜じゃないよな」
断定でも否定でもない、確認みたいな声だった。
「謙遜なら、こんなに後で残らない」
その一言で、胸の奥が少しだけ揺れた。
図星を突かれたというより、ちゃんと見られた感じがした。
「……最初はさ、冗談だったんだよ。空気悪くならないし」
「うん」
「でも今は、冗談って言う前に出てくる」
沈黙が落ちる。
日下部は考えるように唇を噛んでから、ゆっくり言った。
「それ、逃げじゃなくてさ」
一拍置く。
「期待される場所に立たないための、準備だと思う」
責める響きはなかった。
だからこそ、その言葉は重くならず、真っ直ぐ届いた。
「“どうせ自分なんか”って言っとけば、
誰かが本気で見る前に、引き返せるだろ」
息を吸う音が、少し大きくなる。
「……うん」
短い返事。
否定する気力はなかった。
日下部は、少し困ったように眉を寄せる。
「でもさ。それ、便利すぎるんだよ」
「便利?」
「失敗しても、自分のせい。
うまくいっても、“たまたま”。
どっちに転んでも、ちゃんと向き合わなくて済む」
その言い方は突き放していない。
むしろ、同じ場所を一度通ったことがあるみたいだった。
「……じゃあ、やめた方がいい?」
自分でも弱い質問だと思った。
日下部は首を横に振る。
「無理にやめなくていい」
「え」
「口癖ってさ、生き延び方だから」
少し照れたように、視線を逸らしてから続ける。
「ただ、“本音だ”って信じ切らなくていい」
その言葉に、胸の奥が少し緩む。
「“どうせ自分なんか”は、事実じゃなくて、今まで必要だった言葉、ってだけ」
沈黙。
でも、さっきとは違って、息がしやすかった。
「……それなら」
声が、少しだけ前を向く。
「たまに、信じなくてもいい?」
日下部は、ほんのわずかに笑った。
「いい。疑っていい」
「疑う?」
「その言葉の方をな」
強くもなく、優しすぎもしない声。
不器用だけど、ちゃんと隣に立つ温度だった。
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