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📩相談
高校二年生・仮名:Mさん
誰かが失敗して怒られているのを見ると、自分まで苦しくなります。
友達が先生に注意されているだけでも、胸が苦しくなったり、その場にいるのがつらくなったりします。
テレビや動画で、誰かが恥をかいている場面も苦手です。
自分のことではないのに、見ているだけで疲れてしまいます。
周りには「気にしすぎじゃない?」と言われます。
どうしてこんなに苦しくなるのでしょうか。
遥
「これ、見てるだけなのにつらいんだよな」
蓮司
「『自分じゃないから平気』って切り替えられないんだ」
日下部
「相談文を見る限り、Mさんは相手の立場を強く想像してしまうのだろう」
遥
「『自分だったら』って考えちゃう」
蓮司
「だから一緒に傷ついた気持ちになるのか」
日下部
「共感する力が強い人には起こり得る。しかし、それだけでは説明できない場合もある」
遥
「どういうこと?」
日下部
「自分も強く叱られたり、失敗を責められたりした経験があると、その記憶が重なることがある」
遥
「見てる相手じゃなくて、昔の自分まで思い出してるのか」
蓮司
「だから人より苦しくなる人もいるんだろうな」
遥
「でもさ。『気にしすぎ』って言われても、見た瞬間に苦しくなるんだからどうしようもない」
蓮司
「気持ちはスイッチじゃないからな。切れって言われても切れない」
日下部
「反応そのものを責める必要はない。ただ、相手の出来事と自分を分けて考える意識は持てる」
遥
「分ける?」
日下部
「『あの人が怒られている』という事実と、『自分が怒られている』は別だ。頭の中で一つにしないことだ」
蓮司
「相手を心配するのはいい。でも、自分まで同じ重さで背負わなくてもいいんじゃないか」
遥
「そうしないと、自分が先に疲れちゃうもんな」
日下部
「その通りだ。自分を守ることは、冷たいことではない」
遥
「Mさん。人の失敗で苦しくなるのは、優しさや経験が関係していることもある。だから、自分がおかしいとは思わなくていい」
🗝 三人からのことば
遥
「人の苦しさまで感じてしまう自分を、責めなくていい」
蓮司
「相手を思いやることと、同じ苦しみを背負うことは違う」
日下部
「相手の出来事と自分の出来事を分けて考えることは、自分を守ることにもつながる」
#一次創作
ruruha
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コメント
1件
うわ、これめっちゃ分かる……。自分は関係ないのに、他人が叱られてる場面を見るだけで胸がぎゅっとなる感覚。遥たちの言う通り、共感力が強いと“自分だったら”って勝手に想像しちゃうんですよね。特に日下部さんの「過去に自分が強く叱られた記憶が重なる」って分析、なるほどなと。このエピソード、説教くさくなくて、でもちゃんと心の仕組みを解説してくれるから、Mさんだけでなく読んでるこっちまで「そういうことか」って軽くなれた気がします。