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探偵社の午後は、静かだった。
窓から入る光が床に伸び、書類棚の影がゆっくりと傾いている。
真琴は机の端に肘をつき、依頼予定表を覗き込んでいた。
「今日は一件だけ、だったよね」
「夕方だ」
答えたのは伊藤だった。事務机で資料を揃えながら、穏やかに続ける。
「少し早めに来るかもしれないが」
玲は無言でノートを閉じ、燈は椅子を軋ませて立ち上がった。
「暇そうな顔して来るやつは、大体面倒なんだよな」
「そういう言い方しないの」
真琴は苦笑して制した。
ほどなく、扉がノックされた。
入ってきたのは三十代後半の女性だった。背筋は伸びているが、視線が落ち着かない。
真琴が立ち上がり、柔らかく声をかける。
「どうぞ。お話、聞かせてください」
女性は腰を下ろし、少し迷ってから口を開いた。
「……全員、同じことを言うんです」
その言葉に、燈が片眉を上げた。
「全員?」
「はい。目撃者全員です。内容も、言い回しも、驚くほど一致していて」
女性はカバンから資料を取り出した。
書き起こされた証言、簡単な時系列、関係者の一覧。整理の行き届いた紙束だった。
玲がそれを受け取り、無言で目を通す。
澪は女性の表情を静かに見ていた。
「警察には相談しました」
女性は続ける。
「でも、嘘の兆候はないと言われて。それで終わりです」
「被害は?」
燈が短く聞く。
「金額としては小さいです。でも……納得できなくて」
言葉が途切れた。
誰かが悪い、と断定したいわけではない。ただ、この一致が気味悪い。
玲が顔を上げた。
「証言が揃うこと自体は、珍しくはありません」
「そうなんです。でも」
女性は少し声を落とす。
「感情まで同じなんです。怒り方も、困り方も。まるで、同じ説明文を読んだみたいで」
真琴は一度頷き、場を落ち着かせるように言った。
「なるほど。違和感はそこ、ですね」
燈が舌打ちまじりに息を吐く。
「口裏合わせてないのに、揃ってるってのが気持ち悪いんだろ」
女性は小さく頷いた。
そのやり取りの間、伊藤は静かに資料を受け取り、日付順に揃えていく。
特別な反応はない。ただ、依頼番号を書き込み、ファイルに収めた。
「こちらで一度、全証言を確認します」
真琴が言った。
「時間は少しかかるかもしれませんが」
「それで構いません」
女性は深く頭を下げ、探偵社を後にした。
扉が閉まると、燈が椅子に戻る。
「全員一致。楽そうで、一番信用ならねぇ」
「嘘がない分、厄介」
玲が淡々と答える。
澪は小さく指を唇に当てたまま、何も言わない。
伊藤がファイルを棚に差し込みながら、穏やかに口を開いた。
「人は、同じ説明を聞くと、似た記憶を持つことがあるから」
真琴は「そうですね」と軽く受け流した。
誰も、その言葉を深く掘り下げなかった。
棚の奥に、新しいラベルが並ぶ。
―― 証言がすべて正しい事件。
まだ誰も、それを疑問だとは思っていなかった。