※泉優勢バージョン。キャラ崩壊注意。
控室の灯りは落とされ、鏡前のライトだけが泉の輪郭を縁取っていた。撮影の余韻がまだ空気に残っている。汗とライトの熱が混ざった独特の匂い。その中心で、泉はゆっくりとシャツのボタンを外していた。
「柳瀬さん、見すぎ」
からかうような声。けれど目は笑っていない。鏡越しに向けられたそのまなざしは、舞台の上のそれとは違う、もっと深い熱を帯びている。マネージャーという肩書きなんて、簡単に剥がれてしまいそうなほどに。
柳瀬は喉を鳴らす。
「……仕事の確認だ」
「へぇ、じゃあ仕事の顔で見てよ。ほら」
泉がシャツを片方だけ肩から落とした。白い肌が、鏡の光に淡く照らされる。照明に焼かれた身体はいつもより発色がよく、柳瀬の視界を占領して離さなかった。
「今日のステージ、よかった。特に最後、あれは……」
「褒めて伸ばすタイプ? それとも、追い込んでくるタイプ?」
泉が椅子から立ち上がる。距離がじり、と縮まる。
照明は二人だけを切り取っていて、世界の境界線が狭くなる。
「ねぇ柳瀬さん。さっきのセリフ、覚えてる?」
『お前は、俺が整える。ステージに立つ前も、降りたあとも』
自分の声なのに、今耳の奥で反響するそれは別物のようだ。
「……言ったな」
「言ってくれたよね? じゃあ、整えてよ。ほら」
泉が柳瀬のネクタイを指先で引いた。わずかな力なのに、身体が前に傾く。近すぎるほどの距離。呼吸の熱が頬に触れる。
顔が見えるどころか、まつ毛の一本一本まで鮮明だ。
「俺さ、舞台より……柳瀬さんに見られてるときの方が、ずっとやりやすいんだよね」
「そんなこと、言うな」
「なんで? 困る?」
困る。
プロとして、マネージャーとして。
でも言えない。言ったところで、この距離を壊せる自信がない。
泉の指が、柳瀬のシャツの胸元をなぞった。
軽いはずの触れ方なのに、熱が皮膚の奥まで浸透していく。
「柳瀬さんが『よかった』って言うと……変に火がつく。今日のステージ、あれ半分くらい……柳瀬さんのせい」
「泉」
「ちゃんと聞いてよ。俺、あんたじゃないとダメになってきてる」
呼吸が絡み合う距離で、泉が囁く。
自身よりずっと強い光を浴びてきた男の声とは思えないほど、震えている。
「だから……責任、取ってよ」
柳瀬の胸の奥に、何かが芯から崩れた。
腕を伸ばせば触れられる。触れたらきっと終わりだ。
けれど、泉の方が早かった。
指が柳瀬の手を掴み、迷いを一瞬で奪い去る。
「……離す気、ないから」
握った手から伝わる熱は、舞台の照明よりも強い。
泉の身体は近すぎて、跳ねる鼓動まで感じられた。
「ねぇ、柳瀬さん。俺、今日……褒められた分だけ、ちゃんと返したい」
「返す?」
「うん。だって……あんたが欲しそうに見てたから」
耳元に落とされた声は甘く、重く、そしてどこまでも危険だった。
スポットライトの届かない場所で、泉は演じることをやめていた。
ただ一人の観客のためだけに、熱をまとって立っている。
「……俺だけを見てよ、柳瀬さん」
その言葉が引き金だった。
柳瀬はついに腕を伸ばし、泉の腰を引き寄せた。
肌と肌が触れた瞬間、静かな室内に小さな息が溶ける。
舞台の上では決して流れない音――。
その音を聞いたのは、世界で柳瀬ひとりだけだった。
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