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スタジオの空気が、いつのまにか泉を中心に回り始めていた。
メイク室に入ると、見慣れないアシスタントが「あ、泉さんですよね?」と声をかけてくる。雑誌の担当者も、広告のディレクターも、口をそろえて言った。
「最近、仕事が増えてまして」
まだ新人のはずなのに、勤務表のスケジュールには新しい案件が次々埋まっていく。
光が強くなるほど、泉の背後にできる影も濃くなっていくようだった。
撮影の合間、控室の扉が乱暴に開いた。
「……人気者だな」
入って来た柳瀬は、むしろ不機嫌というより、観察するような冷静さで泉を見た。
椅子に座ったまま身じろぎすると、彼の視線がすっと下を向き、泉の手首から首筋へ、ゆっくりと上っていく。
「他のカメラマンにも、そんな顔するのか?」
「……そんな顔って、どんな」
問い返したはずなのに、声がわずかに震えた。
柳瀬は笑いもしない。近づくわけでもない。ただ立ったまま言葉を落とす。
「勘違いするなよ。独占したいんじゃない」
低い声が室内でゆっくり広がる。
「ただ――俺が使う時は、俺のものだ。
それだけは間違えるな」
“もの”。
その言い方に胸がざわつくはずなのに、泉の体は微かに熱を帯びていく。
反発できない。反論も、否定もできない。
柳瀬は泉の反応を測るように一拍置き、続けた。
「人気が出るのはいい。撮られる側として当然だ。
だが……」
泉が息を呑む。
「俺のレンズに向ける時と、同じ反応を外に持ち出すな。
あれは“仕事”でも、“才能”でもない。……お前自身の癖だ」
癖。
胸の奥を、鋭くつつかれたようだった。
泉自身も知らない何かを、柳瀬だけが知っている――そう思わせる声音だった。
「……別に、そんなつもりじゃ」
「なら、いい」
遮るように言い、柳瀬は背を向ける。
「次の撮影、お前を使う。午後、第三スタジオに来い」
命令にしか聞こえないのに、泉の胸はわずかに高鳴った。
彼が去ったあと、控室には静寂だけが落ちる。
――“俺のものだ”。
その言葉が、耳の奥に残響のように張り付いたまま離れなかった。