コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
撮影の本数が増えだしたのは、ここ数週間のことだった。
泉の知名度は急激に上がり、SNSでも名前を見ることが増えた。
今日も雑誌の特集撮影。だが、いつもと違うのは──カメラマンが柳瀬ではないという点だった。
「泉くん、次ポージング変えるよー!」
若いカメラマンが、楽しそうに声をかける。
泉も仕事だと割り切って、柔らかい笑顔を向ける。
──その瞬間だった。
「……同じ反応、するなよ」
背後から低い声が落ちてきた。
振り返れば、腕を組んだ柳瀬。マネージャーであり、泉にとって一番近い“大人”。
「柳瀬さん……聞こえてます」
「聞こえるように言ってる」
抑えた声なのに、刺さる。
叱っているわけでも、怒っているわけでもない。
ただ、泉の癖も表情も全部知ったうえで、釘を刺すような響き。
「他の人間に同じ反応するな。
――ただし、勘違いするなよ」
そこだけ、言葉が少しだけ柔らいだ。
「独占したいわけじゃない。
俺が使う時は、俺のものだ」
胸の奥がぎゅっと締まる。
独占ではない、という冷たさと、
“俺のもの”という熱が同時に押し寄せる。
「……俺、仕事ですから。誰にでも、ちゃんと」
「“誰にでも”は要らない。お前は役者なんだから、選べ。使っていい感情と、使われる感情を」
柳瀬の声は淡々としていた。
なのに、泉の呼吸を狂わせる。
「お前が今、他のカメラマンに向けたその笑い方──俺の前では、違う顔をするくせに」
「……違いますよ」
「違わない。お前はわかりやすい」
泉は黙るしかなかった。
柳瀬の前では、確かに表情が変わる。
緊張とも、安心とも、快感ともつかない曖昧な熱が混ざってしまうのを、自分でも止められない。
「泉」
名前を呼ばれ、肩が跳ねる。
柳瀬は少しだけ距離を詰め、他のスタッフには聞こえない音量で言った。
「利用したいだけだ。それ以上を求めてるわけじゃない」
明確な線引き。
突き放されているのに、なぜか息が詰まる。
「胸が痛いか?」
「べつに……」
「否定できないのは、理解してるからだ。
お前は俺に利用される側でいる時だけ、あの“表情”になる」
泉は目をそらした。
けれど柳瀬の手が、かすかに頬へ触れる──
触れたか触れていないか分からない、瞬きのような接触。
「その反応。そういうのを写真じゃなく、俺だけが直接使う。
……それが、俺とお前の関係だ」
宣言されたのだと分かった。
「……独占じゃないんですよね?」
「当たり前だ。お前は芸能人だ。仕事で誰にどう見られようが勝手にしろ」
少し間があって、
「ただし──俺が使う時だけは、俺のもの。
そこだけ譲らない」
泉は声を失った。
怒っているわけでも、優しいわけでもない。
けれど、その温度は逃げ道を塞ぐ。
「……わかりました」
「よし。じゃあ戻れ。
その顔のまま撮られればいい。どうせ俺が回収してやる」
意味が分からなかった。
けれど、言われた通りに身体が動く。
撮影ライトの下に立つと、泉の胸はまだざわついていた。
柳瀬に“利用される”という言葉が、
冷たいはずなのに、なぜか、体の奥をあたためていた。