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「……わかってんだよ、頭では」
 遥がぽつりと呟いた。
日下部の肩に額を預けたまま、まぶたも開かず、吐き出すように。
 「お前が、ちゃんとした奴だってことも。俺をモノとして見てねえことも。……全部、わかってるんだよ」
 小さく笑ったような、吐き捨てるような、曖昧な声。
 「でも、身体がびびってんの。……“されない”ってことに」
 日下部は何も言わなかった。
それが正解だった。遥もわかっていた。問いでも告白でもなく、これはただ、壊れそうなもののかけらを零しているだけだったから。
 「俺、今まで……拒否ったら、殴られてた。無視されてた。笑われてた。『調子乗んなよ』って、言われてた」
 言葉は震えて、かすれて、どこか幼くなっていく。
 「だから……優しくされたら、なんか、俺の中がぐちゃぐちゃになんだよ。……安心してんのに、怖くてさ。お前の顔、見れないの」
 日下部の手が、遥の背をゆっくり撫でる。
 「俺が……“触られたい”って思うことが、おかしいのかって、わかんなくなんだよ……。いや、“触ってほしくねえ”って思ってるのに、“されない”のが不安で……意味わかんねえよな……」
 そこまで言って、遥の喉が詰まった。
言葉が続かない。息すらも。
 「俺、何もされねえってだけで、壊れそうなんだよ」
 日下部の胸に指を押し付ける。自分の存在を、確かめるように。
まるで「見捨てないでくれ」と無言で訴えるように。
 「壊れたままでいいって、お前が言ったら、俺たぶん……泣くと思う」
 静かな時間が流れる。
 やがて、日下部が、かすれるような声で言った。
 「……それでも、俺はお前のそばにいるよ」
 「……だからそれが、一番つらいっつってんだろ……」
 遥の声は、怒っていた。悲しんでいた。
なのに、安堵が滲んでいた。
 その矛盾が、遥の核にある地獄の証だった。