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玄関を開けた瞬間、外の冷気がそのまま流れ込んできた。
アレクシスは一歩だけ中に入り、靴を揃える。コートを脱ぐ前に、真白の様子をちらりと見た。
「寒かった?」
「うん。風が冷たい」
「今日は特にね」
「昨日より」
真白は淡々と答えながら、マフラーを外す。
その仕草に特別な意味はなく、ただ“帰ってきた”という動作だった。
キッチンでは、電気ケトルが小さく音を立てている。
アレクシスがマグカップを二つ並べる。
「何飲む?」
「いつもの」
「ミルク多め?」
「うん」
湯気が立ち上がり、室内に少しだけ湿った暖かさが広がる。
真白は椅子に座り、両手でマグを包んだ。
「なんか、街が騒がしい」
「そう?」
「駅前。光ってた」
「ああ……」
アレクシスは言葉を探すように、一拍置いた。
「この時期だから」
「時期?」
「……冬のイベント」
「雪?」
「雪はまだ」
「じゃあ、年末?」
「その前」
「前?」
真白は首をかしげる。
本当に思いついていない顔だった。
「別に、知らなくていい」
「そうなの?」
「うん。気にしなくていいやつ」
「ふうん」
真白はそれ以上聞かず、マグに口をつける。
「熱い」
「少し待てばいい」
「待つ」
そう言いながら、すぐもう一口飲む。
「待ってない」
「今度は平気」
アレクシスは小さく笑う。
窓の外では、どこかの家の飾りが微かに光っていた。
カーテン越しに、赤や緑がにじんで見える。
「外、きれいだね」
真白が言う。
「見えた?」
「ちょっと」
「飾り」
「へえ」
興味はあるが、深く踏み込まない声。
「真白は、ああいうの」
「うん?」
「嫌い?」
「嫌いじゃない」
「好きでもない?」
「うん。寒いから」
「理由、単純だね」
「外、長く歩くでしょ」
「まあ」
「それだけ」
それで話は終わる。
アレクシスは、それ以上の説明をしなかった。
夕食の準備をしながら、真白は冷蔵庫を開ける。
「今日は鍋?」
「予定」
「助かる」
「理由は?」
「寒いから」
「一貫してる」
「一貫性は大事」
鍋が温まり、部屋の空気が少しずつ柔らぐ。
湯気が立ち、さっきの外の光は、もう気にならなくなった。
「ねえ」
「なに」
「明日も、こんな感じ?」
「寒さは続く」
「じゃあ、同じでいい」
「同じ?」
「帰って、あったかいの」
「……それは、保証できる」
「十分」
真白は満足そうに言う。
街では、何かを祝う準備が進んでいる。
でもこの部屋では、ただ寒い日が続いて、
それに合わせて、あたたかい時間が繰り返されるだけだった。
真白の中に、特別な発想はない。
ただ、今日も無事に帰ってきて、
隣に人がいることが、当たり前のように続いている。
それで、充分だった。