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放課後の相談室。窓の外は冬の空で、白い雲が流れていく。
「……入ってもいいですか」
おそるおそる顔を出したのは、二年の男子生徒だった。
日下部はペンをくるくる回しながら、空いている椅子を顎で示す。
「どうぞ」
男子は座ったが、なかなか口を開かない。机の木目を指でなぞって、しばらくしてから、ぽつりとこぼした。
「……なんか、言えないんです。自分の気持ち」
日下部が眉をひそめる。
「言えない?」
「うまく言葉にできない。楽しいとか、嫌だとか、本当は思ってるのに……口にしようとすると、全部ぼやける感じになって」
彼は苦しそうに笑った。
「みんなはちゃんと“嬉しい”とか“ムカつく”とか、普通に言えるのに。俺は黙ってるか、笑ってごまかすだけで……結局“何考えてるかわからないやつ”って思われてます」
日下部は少し考えてから言った。
「……言えないからって、“何もない”とは限らねぇだろ」
男子が顔を上げる。
「言葉にならない時って、むしろ気持ちが強すぎる時だ。
ちゃんと感じてる証拠じゃねぇか。
“うまく喋れない”ってのは、弱さってより、抱えてるもんがデカいからだと思う」
男子はしばらく黙っていたが、やがて小さく息をついた。
「……そういうふうに考えたこと、なかったです」
「言葉にできない自分を責めるなよ。
その不器用さごと、ちゃんとおまえの気持ちだ」
教室の時計が小さく鳴る。
男子は立ち上がりながら、少し照れくさそうに笑った。
「……なんか、来てよかったっす」
「それなら、まあいい」
日下部は椅子にもたれて、窓の外に流れる雲をもう一度見上げた。