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教室の片隅。放課後の静けさがじわじわと支配していく中で、仮設の“相談室”のドアが、控えめにノックされた。
「……失礼します」
入ってきたのは、透明感のある化粧を丁寧に施した女子生徒。制服のスカート丈は規定より少し短め。スマホを握りしめた指先が、わずかに震えていた。
「どうぞ。座って」
日下部は机の向こうで、いつものように胡座をかき、気だるげに椅子を揺らしていた。視線は彼女のスマホに向けられていたが、そこに批判の色はなかった。
「今日は、どんな話?」
女子生徒は少し逡巡してから、声を落として呟く。
「……疲れました、ちょっと」
「何に?」
「“ちゃんとしてる自分”を続けるのに」
スマホの画面には、自撮り、カフェの写真、勉強ノート、友達との写真。どれも“映える”投稿ばかりが並ぶアカウント。フォロワーは一千人を超えている。
「全部、他人の目のために作ったやつ。ほんとは毎日なんて、そんなに楽しくないのに。いいねも、コメントも、もらっても嬉しくないのに……止めるのが怖くて」
「止めたら、“ちゃんとしてる自分”が消えると思うから?」
彼女は静かに頷いた。
「誰も、本当の私なんて見たくない。私も見たくない。だったら、“ちゃんとした私”のままでいた方が、まだ……」
言いかけて、彼女は目を伏せる。
日下部はその沈黙の中に、遥を思い出していた。
誰にも本当を見せようとせず、自分を否定しながらも、それでも黙って、痛みに耐えているような姿を。
「それ、すげぇ疲れるよな」
ぽつりと漏らした日下部の声に、彼女はわずかに肩を揺らした。
「でもな、自分で“本当は見せちゃダメだ”って決めたら、見せていいかもしれない人にも、永遠に出会えないぞ」
「……怖いですよ、そういうの」
「だろうな。でも、お前のままで疲れてんなら、誰のための“いいね”なのか、もう一回考えてもいいかもな。少なくとも、お前が壊れるためにあるボタンじゃねぇよ」
静かな沈黙が戻る。
けれどその沈黙は、さっきまでとは少しだけ、違う色をしていた。