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昼休み、誰もいない教室の空気は、妙に乾いていた。遥は自席に座ったまま、机に突っ伏していた。
顔を隠すように腕を組み、その下でゆっくりと呼吸していた。
──誰も近づかない。
それが、当たり前の景色だった。
けれど今日は、違った。
「ねぇ」
その声は、まるで会話の始まりのように優しく、背後から落ちてきた。
「“オスでもメスでもない子”って、どう扱えばいいと思う?」
遥は顔を上げなかった。
でも、周囲が急にざわめいたのがわかった。
「どっちにもなれないって、さ。中途半端な同情引きたがり?」
「“哀れな子”ってポジションに逃げ込んでるだけじゃん」
「自分じゃ“何もしない”くせに、誰かが守ってくれるの待ってるんだよね?」
「そういうの、いちばん気持ち悪い」
誰かが遥の机の端を蹴った。
ノートが床に滑り落ち、ページがばらけた。
「日下部くんにさ、“オレかわいそう”アピールした?」
「アイツ、昔いじめてたんでしょ? “贖罪”狙いって、マジ性格悪〜」
「てかさ──ほんとに好きだったら、自分から離れるでしょ?」
女子たちの声は、笑っていなかった。
むしろ真顔だった。だからこそ、その冷たさが際立っていた。
「“誰かに必要とされたい”だけで近づいたくせに、都合よく壊れたふり」
「ねぇ、“傷ついた人間”って言えば、何しても許されると思ってる?」
遥は目を開けていた。
机の木目を見ていた。
じっと、動かずに。
──感情が、動かなかった。
「……おまえが壊れたとき、誰が代わりに壊れたか、考えたことある?」
その声は、さっきまでとは違う女子のものだった。
「“壊されてるふり”してるだけで、他人に罰背負わせて、
それで“かわいそう”って、頭おかしいんじゃない?」
静かな沈黙。
遥の指先が、わずかに震えた。
(……まただ)
また、誰かが──代わりに罰を受けてる。
日下部。
あの目。あの手。
おれに向けた、あの温度。
(……ちがう)
──でも、おれがそばにいたから。
近づいたから。
自分のために守ろうとした、あの姿が、
きっとまた、誰かに嘲られていた。
(……全部、おれのせいだ)
誰かが笑った。
「ほら、今日もまた無言〜。お得意の“聖人ぶり”、出ましたー」
遥は、唇の端をかすかに上げた。
笑っているわけじゃなかった。
ただ、“笑顔の真似”をしているだけだった。
──それが、「オレ」ができる、唯一の抵抗だった。
それさえも、誰かが「気味悪っ」と呟いた。
──一枚のプリントが投げられた。
そこには、男子の落書きのコピーがあった。
《日下部とヤってそうな奴ランキング1位:遥》
“正義マンに抱かれたオモチャ”
“エロメンヘラ”
“女にもなれないくせに喘ぎそうな顔”
黒いインクの跡が、遥の名前をなぞっていた。
(……消えろ)
言葉にはならなかった。
でも確かに、遥の心の底で──誰かをではなく、自分自身に向けて、
その言葉が、深く深く、響いていた。