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夕暮れの相談室。窓から差し込む光は赤く、机の上の影を長く伸ばしていた。ドアが小さく開く音がして、ひとりの女子生徒が顔をのぞかせた。
「……あの、少しだけいいですか」
「どうぞ」
日下部が手を止めると、彼女はおそるおそる椅子に腰を下ろした。
しばらくの沈黙のあと、彼女は言った。
「私……友達を傷つけました」
日下部は眉を動かさずに待つ。
「仲がよかった子がいて。ある日、他の子に合わせて、その子の悪口を笑って聞いてしまったんです。直接言ったわけじゃないのに、次の日から、その子が私を避けるようになって……」
声が震えた。
「全部、私のせいで」
日下部は机に肘をつき、顎を手に乗せながら視線を落とした。
「……それ、謝ったのか?」
「……できなくて」
「なんで」
「怖いんです。もう許してもらえないかもって」
日下部は少しだけ目を細めた。
「“ごめん”ってさ、相手のために言うと思ってるだろ」
「……違うんですか」
「俺は逆だと思う。『ごめん』って言葉は、自分が前に進むためのものだ」
女子は息を飲んだ。
「でも、そんなの……自己中じゃないですか」
「いいじゃん、自己中で。だって今のお前、ずっと“自分を責める自己中”になってんだろ」
彼女は俯き、拳をぎゅっと握った。
「……それでも、あの子が傷ついたのは事実だから」
「事実は消えねぇよ。でも、それを抱えたまま一生“ごめん”って心の中で言い続けるのも違う」
相談室の空気が、夕暮れの赤に染まっていた。
日下部はゆっくりと続ける。
「『許されるか』は相手の問題。でも『謝るか』はお前の問題だろ」
「……」
「謝っても許されねぇかもしれねぇ。でも謝らなきゃ、ずっと自分を牢屋に閉じ込めたままだ」
女子の目に、涙がにじんだ。
「……怖いです」
「当たり前だろ」
日下部は机を軽く指で叩いた。
「怖いからって何もしなきゃ、ずっとその怖さが居座るだけだ。……まぁ、俺は偉そうなこと言える立場じゃねぇけど」
女子は小さく笑った。涙声のまま。
「……日下部さんも、謝れないことありますか」
「山ほどある」
あっけらかんとした答えに、彼女は少し肩の力を抜いた。
「……じゃあ、私も一個くらい、勇気出した方がいいですよね」
「そうだな」
「……ありがとう」
立ち上がるとき、彼女の表情にはまだ不安が残っていた。それでも、その足取りは来たときより少しだけまっすぐだった。