その後、直也がスタッフ呼び出しのボタンを押すと、瑠衣がオーダーを聞きにきた。
「ご注文はお決まりですか?」
「僕も彼女と同じサンドイッチを。あと、ドリンクバーもね」
「かしこまりました。ところで、お客様は栞ちゃんのお友達ですか?」
瑠衣の目は、すっかりハートマークになっている。きっと直也が栞の彼氏だと勘違いしているのだろう。
栞が慌てて瑠衣を睨むと、彼女は声を出さずに口だけ動かして言った。
【栞ってこういう大人の男がタイプだったんだぁ♡】
【違う違う! 勘違い!】
【私、俄然応援しちゃう♡】
そこで、二人の無言のやり取りに気づいた直也がこう言った。
「僕は栞ちゃんのボディーガードってところかな?」
「ボディーガード? 何ですかそれ?」
瑠衣がキョトンとして聞き返した。
「言葉の通りだよ。彼女が危ない目にあったら助けるナイト役ね!」
「ナイトって……ああ、『騎士』のこと? キャー何それーっ!」
瑠衣は楽しそうにケラケラと笑った。
「ところで、君は栞ちゃんの友達なんだろう? だったら、一緒に考えてくれない? 女子高生ならこういうの得意でしょ?」
「考えるって何をですか?」
「サインだよ」
「サイン?」
瑠衣は再び目をパチクリさせた。
そこで栞は、瑠衣に本を見せながらこう説明した。
「瑠衣ちゃん、こちらは精神科医の貝塚先生。この本を書いた人よ」
「えぇーっ? お医者様で作家さんなんですか?」
「違う違う、作家じゃないよ。そういう種類の本じゃないから」
直也は苦笑いを浮かべながら否定した。
「でも、この本を書いた人なんでしょう? わぁーすごい! じゃあ、ちゃんとしたサインを考えなくちゃ! あ、ちょっと待っててください」
瑠衣は一度バックヤードへ戻ってから、すぐにまた戻ってきた。
バイト仲間たちに、少し持ち場を離れると伝えてきたようだ。
瑠衣は栞の隣に座ると、さっそくサインを考え始める。
しばらく悩んだあと、栞が二案、瑠衣が一案を書いて直也に見せた。
三つの案の中から、直也は栞が書いたサインを選んだ。
そのサインのデザインは、『kai』を流れるような字体で大胆に書き、最後に小さなハートマークを添えたものだ。
ハートは『心』を意味している。
「これ、いいんじゃない? これでいこうか!」
直也はさっそく、栞がデザインしたサインを真似て、本の裏表紙にサインを入れる。
そのサインは、記念すべき直也のサイン第一号となった。
サインの件が一段落すると、瑠衣は仕事に戻った。
一方、栞はアルバイトの時間までまだ一時間ほどあったので、再び勉強を始めた。
その時、直也が栞に尋ねた。
「パフェ食べる?」
「え?」
「頭を使うと甘いものが欲しくならない?」
「あ、はい……」
栞は直也に意図がわからないままなんとなく返事をしたが、直也はスタッフを呼ぶボタンを押した。
すると、再び瑠衣がニコニコしながら二人のテーブルまで来た。
「先生、追加注文ですかぁ?」
「そうそう」
「ありがとうごいまーす!」
「えーっと、メニューメニュー……」
そこで直也は、メニューのデザートのページを開いた。
「パフェを頼むよ。栞ちゃんは何パフェがいい?」
そう言って、直也はメニューを栞の方へ向けた。
そのページにはさまざまなパフェが載っている。
「僕はチョコレートパフェにしようかな」
「えー? 先生パフェなんて食べるんですかぁ?」
瑠衣が驚いた様子で聞いた。
「こう見えても、スイーツ男子だからね。栞ちゃんはどれにする?」
栞は、真剣にメニューを見る。
そこには、以前から気になっていた『モンブランパフェ』が載っていた。
「モンブランパフェでお願いします」
「じゃあ瑠衣ちゃん、チョコとモンブランを一つずつね。それと……瑠衣ちゃんはどれが好き?」
「えっ? 私ですか?」
いきなりそう聞かれた瑠衣は、キョトンとした顔をしていた。
「サインを考えてくれたお礼だよ。休憩時間あるんだろう? その時に作ってもらって食べたらいい」
「いいんですか? やったぁ! じゃあ私はイチゴで!」
瑠衣は嬉しそうな笑顔で、オーダーを携帯端末に入力する。
「じゃあ、少々お待ちくださいね」
瑠衣はうやうやしくお辞儀をすると、軽快な足取りでバックヤードへ戻っていった。
「いいんですか?」
「もちろん!」
直也はにっこり微笑むと、再びパソコンへ向かった。
しばらくして、パフェが運ばれてきた。
二人は作業を中断して、パフェを食べ始める。
直也が美味しそうにパフェを食べる姿を見て、栞は思わずクスッと笑ってしまう。
日焼けしたワイルドな直也とパフェが、あまりにもミスマッチだったからだ。
「笑ったな! でも、甘い物を食べると疲れた脳にダイレクトに効くよなぁ」
「先生って、もともと甘党なんですか?」
「わりかし、そうよ」
その口調が可笑しくて、栞は再びクスッと笑う。
しかし、直也は特に気にする素振りもなく、むしゃむしゃとパフェを食べていた。
栞も、以前から気になっていたモンブランパフェを口に入れてみる。
「わ、おいしーい!」
栞は思わず笑顔になる。
和栗を使ったパフェは、上品で濃厚な栗の風味がほんのり口の中に広がり、とても美味だった。
「栗パフェも美味そうだな。ちょっと一口くれー」
直也は、あっという間に栞のパフェをスプーンでかすめ取っていった。
「あっ、先生ズルい!」
「うん! 美味い!」
ご満悦な直也に栞がムッとしていると、今度は直也が栞にチョコレートパフェを差し出した。
「食べてみる?」
栞は一瞬ドキッとしたが、目の前にあるチョコレートパフェの魅力には抗えずに、すぐにパフェをスプーンですくい取る。
それを口に入れた瞬間、唸るように言った。
「チョコもおいしーい」
「カカオのカフェインで、頭がシャキッとするぞ」
直也は、優しい笑みを浮かべていた。
その笑顔を見た栞は、思わずドキッとする。そしてこんな風に思った。
(笑った時にできる目尻の皺が、すごく素敵……)
直也のナチュラルな笑顔には、大人の包容力と優しさがあふれていた。
それは高校生の栞にとって、とても魅力的に映った。
思わず笑顔に見とれていた栞は、急にハッと我に返り、パフェを食べ始める。
(相手は主治医で、しかも年がかなり離れた大人なのに……私ったら……)
栞は、心の中に芽生え始めた感情を振り払うように、モンブランパフェを勢いよく口に運んだ。
コメント
43件
素敵なサインに決定‼️良かったね😎👍️💕 パフェを食べ合う二人🍨🍹既にラブラブじゃん....♡?( *´艸`) 栞ちゃん、恋に年は関係ないのよ~💕🤭
先生やはり栞ちゃんが考えたサイン使うのね(*≧∀≦*) 最後の小さいハートは栞ちゃんの 先生への気持ちが知らないうちに❤️にあらわれているのかな パフェを食べ合う姿は年齢関係なく可愛い😍お似合いの二人に見えていると思います きっとアルバイトが終わるまでそっと待っていて送っていくのでしょうね
キャー間接キス💋だ〰︎ 直也もいいな👍 流石大人行動がスマート💕